第7話
恩村と会った時に使ったファミリーレストランの前で紺色の携帯電話を見ている空。
その顔に緊張は伺えるが、恐れは不安などは見受けられない。
店に行って良かったと空の思い通りに。良い影響をもらったのだろう。
因みに余裕か、素なのか携帯電話に表示されているのはTwitterで、梶浦由記さんのCD発売スケジュールや担当されるアニメ、ドキュメンタリー等を漏れなく画面メモしたり、カレンダー登録したりしている。
少しして遠目の駐車上に止まった車から一人のスーツ姿の大柄な男性が降りてきた。
遠目からでも空はこの人が今日これから話をする、髙木と気づいた。
(天津店長ありがとう。ホントに船越さんにそっくりで直ぐ分かったよ。と、というか血縁者を疑うレベルでお顔そっくり。違うのは肌の色くらいなんじゃ)
少しずつ歩み寄っていき、相手から笑顔で声を掛けられた。
「長月 空さん?」
「はい。本日は私の為にお時間とご足労頂きありがとうございます」
恩村と同様の流れで席に座り、相手がメニューを選ばせてくれたので今回は失敗せぬよう珈琲を選ぶ。
「それで、恩村課長から大体は聞いてるんだけど長月さんの言葉を聞きたくて。先ずは無事で何より。良く帰ったね」
「本当にご心配もご迷惑も沢山掛けてしまった私には勿体ないお言葉です。大変申し訳有りませんでした」
「いや、そこ迄気にしなくて良いよ。これからゆっくり返していけるから。…先に今後について話そうか」
「え?あ、はい。お願いします」
「この後、長月さんは有る所に定期的に通ってもらう。一回目は僕が車で連れて行くから安心して。場所は本社から少し離れた所で、関係会社が運営している健康相談所なんだ」
「そんな所が有ったのですね。知りませんでしたけど凄いです」
「社員を守るのは会社の義務だし、大切な事だからね。そこは健康に関する各分野の資格を持った人がいる。週に一回のペースで来てもらって、お話し、アドバイスやら手続きやらを進めてもらうんだ。社内便も通っているから、今必要な物が有れば送ってもらって、そこで回収も出来る」
「会社と連携してくれるなんて、ありがたいです」
「うん。結構助かってる社員多いと思うよ。それで、休職の手続き、復職に向けてのプログラムを組み、その後の定期面談は復職に向けてのアドバイスを貰う。長月さんは其処の力を借りて少しずつ心身共に、働ける様に慣らしていく。相談所から復職の許可が下りたら今度は人事部と、相談所の担当と長月さんで面談。リハビリ勤務等の説明を受け、定められた日から出社。最初は時短勤務からだね」
「かしこまりました。その、凄いですね。流石ウチの会社と関連会社です」
「うん。まぁ色んな職種がウチの中には有るし、長月さんが今後どんな業務を希望するかは分からないけど、中にはエンジニアのツナギをクリーニングするユニフォーム部隊やお店の要望に応えて修繕したり、使いやすい様に設備の一部を改良したりする部署なんかも有るから、ゆっくり考えなよ。先は整備士だけじゃないからね」
(クリーニングはちょっと。アイロンも掛けたの数回だし、ちゃんと覚えても無いからなぁ。修繕は気になる。お店の人を支える裏方さん、格好いいし)
「ありがとうございます。アドバイス頂いた通り、色々考えてみます」
「うん。それで当日は何が〜〜」
一通り、これまでの出来事や思いを伝え、二人で外に。自殺企図の事は伏せ、生きているのが辛かったと言い換えた。
それじゃあ、と駐車場に向かう髙木に空が
「髙木部長。本日は本当にありがとうございました。これから精進しますので、今後ともよろしくお願いいたします」
「うん。まぁ、あんまり頑張りすぎないようにね」
「はい。ありがとうございます」
肯定し、髙木を見送る。
(頑張りすぎ?頑張れてないから車ぶつけて休職になったんじゃないの?私なんてまだまだ先輩方の足元にも及ばないし…)
帰路ではずっとそんな事ばかりを考えていた。
「おかえりー。おつかれさん。どうだった?」
とは空の母親。
「なぁんか大丈夫そ〜。週一で本社から少し離れたトコに通って、復職のアドバイスとか色々もらうんだって〜。しかも必要な手続きは其処を通せばやってくれるって〜。ありがたいね〜」
「流石は〇〇《会社名》。安心ねぇ。良かったよ母ちゃん。」
「うん。そだね〜。今日も少し寝る〜。週明けにスケジュール調整の電話来るみたい〜。おやすみ〜」
「そうね。寝た方が良いわね。おやすみ。」
自部屋の襖を後ろ手で閉める。
「私、これからどうなるのかな」
と小さく呟いた。
期待や不安も有れど、自分が何を望んでいるのかが視えなくなってしまったのだ。
整備士、戻りたい。あの店でまた整備したい。整備士として、成長したい。
でも…ホントに私は整備出来るの?
ううん。そもそも私は整備がしたいの?
何か…何かやりたい、事があった、ような。
この疑問への解答に会うまで約壱拾年の歳月を要する訳なのだが、後の空が言った様に知らない方が幸せでは有った。
この少し後から、その壱拾年後迄が一番空の人生で安定し、「普通」に仕事し、家ではアニメや漫画、ゲームを楽しみ、時折母か友達かと外へ出る「当たり前」の日常を過ごせていたのだから。
正に知らぬが仏、なのである。




