表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷哭ノ桜花戦記 ― 奪われた鍵を求めて  (表)  作者: 田舎のおっさん
第4部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/110

第33話(表)

――選ばなかった代償


 避難路の最後の一団が、分岐点を越えた。

 人の声は遠のき、残ったのは、踏み固められた土と静けさだけだ。


 桜花は、剣を収めなかった。

 抜いたまま、だが振らずに、そこに立っている。


「……通ったな」


 矢上が、小さく息を吐く。


「はい。

 怪我人も、取り残しもありません」


「そうか」


 短い言葉だった。

 だが、その裏にある緊張が、まだ解けていない。


     ◇


 桜花は、剣をゆっくりと鞘に戻した。

 鞘走りの音はなく、ただ静かに刃が収まる。


「終わった……わけじゃない」


 それは、独り言に近い。


 ここで戦わなかった。

 勝ちもしなかった。

 だが、負けてもいない。


 ――だからこそ。


     ◇


 矢上が、地図を広げる。


「黒鋼軍、

 分岐点から後退を開始しています。

 ですが……」


「ですが?」


「主力ではありません。

 一部の部隊が、別方向へ」


 桜花の視線が、地図に落ちる。


「……来たか」


     ◇


 それは、避難路から外れた場所だった。

 小さな橋。

 水源へ続く細道。

 人は少ないが、失えば困る場所。


「黒鋼は、

 ここで剣を交えなかった代わりに、

 代償を“別の形”で取りに来る」


 矢上が、唇を噛む。


「……選ばなかった代償、ですね」


「そうだ」


 桜花は、否定しない。


 戦わなかったことは、

 “何も失わなかった”という意味ではない。


     ◇


 桜花は、本隊に命じた。


「分岐点の守りは維持する。

 だが、

 別働で小隊を出す」


 矢上が顔を上げる。


「迎撃、ですか」


「違う」


 桜花は、はっきり言った。


「取り戻しに行く」


     ◇


 剣を抜かなかった選択。

 剣を振らなかった一手。


 それは、正しさではない。

 誇りでもない。


 ただ――

 責任を伴う選択だ。


     ◇


 桜花は、馬に飛び乗った。


「黒鋼は、

 私が“ここを選ばなかった”と読んだ」


 だから、

 そこを突く。


「ならば私は、

 選ばなかった代償からも、

 目を逸らさない」


     ◇


 風が、再び強く吹いた。

 雲が、分岐点の上で流れる。


 戦は、

 剣を交えなかったことで、

 より複雑になった。


 勝たなかった代わりに、

 守れたものがある。


 だが同時に、

 守り切れなかったものも、

 確かに生まれている。


     ◇


 桜花は、前を見据えた。


「……行くぞ」


 それは、追撃ではない。

 報復でもない。


 選ばなかった代償を、

 引き受けに行くための進軍だ。


 戦は、

 再び動き出した。


 今度は――

 勝つためではなく、

 失わないために。

《雷哭ノ桜花戦記 ― 表裏双章 ―》は、


同じ話数を「表」と「裏」の二話で構成する戦記です。




表では桜花の視点から戦を描き、


裏では敵将・黒鋼の視点から、


同じ戦の別の意味と判断を描いています。




どちらが正しいかではなく、


それぞれが何を選び、何を背負ったのか。


戦を一方向ではなく、立体的に描くことを目的としています。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ