表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷哭ノ桜花戦記 ― 奪われた鍵を求めて  (表)  作者: 田舎のおっさん
第4部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/110

第31話(表)

――抜かざるを得ない瞬間


 避難路の先で、空気が変わった。

 風が止まり、音が吸い込まれるように消える。


 桜花は、足を止めた。

 剣を抜かないと決めて、ここまで来た。

 だが――それでも。


「……矢上」


 低く名を呼ぶ。


「前方、視界が開けません。

 地形が……おかしい」


 道は続いている。

 だが、人の気配が途切れている。


 逃げ切ったのではない。

 行き止まったのだ。


     ◇


 避難民の列が、自然と止まる。


「……将、前が」


 誰かの声が震える。


 桜花は、一歩前に出た。

 剣は抜かない。

 だが、視線は鋭く、前を射抜く。


 道の先。

 谷が細く絞られ、左右は崖。

 その中央に――黒鋼軍の旗が、低く掲げられていた。


「……来たか」


 黒鋼は、来た。

 ではない。


 待っていた。


     ◇


 矢上が、歯を食いしばる。


「退路が……」


「分かっている」


 桜花は、即答した。


 背後には民。

 前方には敵。

 左右は崖。


 ここは、

 剣を抜かずに通れる場所ではない。


     ◇


 桜花は、ゆっくりと息を吸った。


 剣を抜かない理由は、

 ここまでで、すべて使い切った。


 恐怖で通さない。

 威圧で道を開かない。

 自分が先に立つ。


 ――それでも。


「……ここだな」


 小さく呟く。


 剣を抜かざるを得ない瞬間。


     ◇


 桜花は、振り返った。


「下がれ」


 短い命令。


「私が、ここを受ける」


 避難民の目が集まる。

 恐怖と、祈りと、覚悟。


「剣は、

 守るために抜く」


 その言葉に、迷いはなかった。


     ◇


 桜花は、刀の柄に手をかけた。


 ゆっくりと。

 だが、確かに。


 鞘走りの音が、静寂を裂く。


 それは、戦場が完成する音だった。


     ◇


 桜花は、前を見据える。


「……黒鋼」


 名を呼ぶ声は、低く、真っ直ぐだ。


「私は、

 ここまで剣を抜かなかった」


 それは、誇りではない。

 意地でもない。


「だが――

 ここは、抜く」


     ◇


 剣先が、地を指す。


 風が戻り、雲が動く。


 雷の気配が、はっきりと近づいていた。


 桜花は、一歩踏み出す。


「ここから先は、

 私が守る」


 それは、宣言だった。

 そして――


 黒鋼に向けた、明確な答えだった。


 戦は、

 ついに“避けられない形”を取った。


 剣を抜く理由は、

 十分すぎるほど、積み上がっていた。

《雷哭ノ桜花戦記 ― 表裏双章 ―》は、

同じ話数を「表」と「裏」の二話で構成する戦記です。


表では桜花の視点から戦を描き、

裏では敵将・黒鋼の視点から、

同じ戦の別の意味と判断を描いています。


どちらが正しいかではなく、

それぞれが何を選び、何を背負ったのか。

戦を一方向ではなく、立体的に描くことを目的としています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ