第29話(表)
――それでも行く場所
夜明け前、空は薄く白んでいた。
雲は低く、風は冷たい。だが、止まってはいない。
桜花は馬上で、進路の先を見据えていた。
間に合わなかった場所。
守れなかった責任。
それらは、すでに背に負っている。
「……次は、ここだ」
矢上が地図を示す。
市からさらに奥、街道の分岐点。
谷と尾根が交わり、避難路にも補給路にもなる地点。
「ここを外せば、
民は逃げ切れない」
「分かっている」
桜花は即答した。
ここは“切れない場所”ではない。
だが――
行かなければならない場所だ。
◇
本隊は動かさない。
市の守りは崩さない。
桜花は決めていた。
「先に行くのは、
また私だ」
矢上が短く息を吸う。
「……将が行けば、
黒鋼は必ず反応します」
「反応していい」
桜花は、静かに続ける。
「ここは、
隠れて守る場所じゃない。
見せて守る場所だ」
行く。
危険は承知の上で。
◇
進軍の途中、避難民の一団とすれ違った。
荷を背負い、
子を連れ、
不安を顔に刻んだ人々。
桜花は馬を止め、声をかけた。
「この先は危ない。
だが、
私たちが道を開く」
誰かが、恐る恐る問う。
「……本当に、通れるのですか」
桜花は、目を逸らさなかった。
「通す。
それが、私の役目だ」
言葉は短い。
だが、逃げ場はなかった。
◇
矢上が、低く言う。
「黒鋼は、
ここを見逃しません」
「だからこそだ」
桜花は、手綱を引き締める。
「間に合わなかった場所を背負ったまま、
それでも行く」
それは、贖罪ではない。
逃げでもない。
選択の継続だ。
◇
前方に、黒鋼軍の先遣が見えた。
距離はある。
だが、互いに分かっている。
「……来るな」
桜花は、心の中で呟いた。
だが、同時に理解している。
来る。
ここは、
黒鋼にとっても外せない。
◇
桜花は馬を止め、外套を正した。
「剣は、まだ抜くな」
兵たちが頷く。
「ここは、
斬り合う前に、
立ち合う場所だ」
誰が引かないか。
誰が先に折れるか。
それを、
人の前で示す場所。
◇
風が強まり、雲が重なる。
雷の気配が、近づいていた。
桜花は、前を見据える。
「……黒鋼」
名を呼ぶ。
「私は、
間に合わなかった場所を背負って、
それでも来た」
ならば――
次は、
ここで向き合うしかない。
戦は、
もはや“選ぶ/選ばない”を超え、
立ち続ける覚悟そのものを
試し始めていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語は、派手な展開よりも
「選んだこと」と「選ばなかったこと」
その両方に残る重さを描いています。
全部は守れない。
だからこそ、何を守るかを選ばなければならない。
その覚悟が、戦の形を変えていく――
そんな戦記を書いています。
田舎のおっさんが、
自分なりに人生を振り返りながら書いている物語ですが、
少しでも何か残るものがあれば嬉しいです。
次も、表と裏、両方から続きを書いていきます。




