第28話(表)
――間に合わなかった場所
風は、市の外縁をなぞるように流れていた。
人の声は遠く、代わりに聞こえるのは、乾いた土を踏む足音だけだ。
桜花は馬を走らせながら、前方を見据えていた。
別働隊からの報が、胸の奥で重く残っている。
「……煙は、もう薄いな」
矢上が、唇を噛む。
「はい。
黒鋼軍の動きは速かった。
我らが動くより、半刻……早かった」
「そうか」
短い返事だった。
言い訳は、もう要らない。
◇
名もない集落に辿り着いた時、
そこはすでに“終わった後”だった。
壊された柵。
倒れた荷車。
そして、誰もいない道。
血の匂いは、ほとんど残っていない。
それが、黒鋼のやり方だった。
「……殲滅じゃない」
桜花は、辺りを見渡す。
「必要なものだけを持ち、
残りは、置いていった」
守れなかった場所。
だが、壊し尽くされたわけでもない。
◇
生き残りは、いた。
倉の陰から現れた老人が、
震える声で語る。
「……兵が来た。
乱暴はされなかった。
だが、運べるものは……」
桜花は、静かに頭を下げた。
「間に合わず、申し訳ない」
その言葉に、老人は首を振る。
「いや……
逃げる時間は、もらえた」
それが、唯一の救いだった。
◇
矢上が、低く言う。
「桜花殿。
ここは……切られました」
「分かっている」
桜花は、拳を握る。
守ると決めた市。
選ばなかった場所。
そこに生まれた“差”が、
いま、目の前にある。
◇
桜花は、集落の中央に立った。
「……黒鋼」
名を呼ぶ声は、怒りではない。
「お前は、
私が間に合わないと知って、
ここを選んだ」
それは、戦としては正しい。
だが――
「私は、
この場所を“なかったこと”にはしない」
◇
桜花は、部下たちに命じた。
「残った者の手当を優先。
壊れたものは、直せるところから直す」
兵たちが動き出す。
「市の守りは、そのままだ。
だが、
選ばなかった場所の責任も、
ここに残す」
それは、前へ進むための足場だった。
◇
夕刻。
集落の外れで、桜花は空を見上げた。
雲が、低く垂れている。
雷の気配は、まだ遠い。
「……間に合わなかった」
それは、敗北の言葉ではない。
「だが、
ここから逃げない」
間に合わなかった場所を見て、
なお、立ち続ける。
それが、
次に守る場所を、
より強くする。
桜花は、前を向いた。
戦は、
“守れなかった事実”を抱えたまま、
さらに重く、先へ進んでいく。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語は、派手な展開よりも
「選んだこと」と「選ばなかったこと」
その両方に残る重さを描いています。
全部は守れない。
だからこそ、何を守るかを選ばなければならない。
その覚悟が、戦の形を変えていく――
そんな戦記を書いています。
田舎のおっさんが、
自分なりに人生を振り返りながら書いている物語ですが、
少しでも何か残るものがあれば嬉しいです。
次も、表と裏、両方から続きを書いていきます。




