第27話(表)
――選ばなかった場所
市の外れで、風が止まった。
人の声が遠のき、代わりに聞こえてくるのは、
馬の息遣いと、革鎧が軋む音だけだ。
桜花は、市を背にして立っていた。
守ると決めた場所。
だからこそ、もう振り返らない。
「……動いたな」
矢上が、低く告げる。
「黒鋼軍、正面は動かず。
ですが――別働の気配があります」
「そうか」
桜花は、短く頷いた。
黒鋼は、市を切らなかった。
だが、市があることで生まれた隙を、見逃す男でもない。
◇
地図を広げる。
市を中心に、いくつかの小さな点が浮かぶ。
倉。
中継地。
名もない集落。
「……ここだな」
桜花の指が、ひとつの点で止まる。
「私が、
立てなかった場所」
矢上が、静かに息を吸う。
「兵力的に、
すべてを守るのは不可能です」
「分かっている」
桜花は、否定しない。
守ると決めた瞬間、
守れない場所が生まれる。
それは、覚悟の裏側だ。
◇
桜花は、本隊に命じた。
「市の守りは維持する。
ここは動かさない」
兵たちの表情が引き締まる。
「だが――」
一拍置いて、続ける。
「選ばなかった場所へ、
小隊を出す」
矢上が顔を上げる。
「迎撃、ですか」
「迎撃じゃない」
桜花は、はっきり言った。
「責任を見に行く」
◇
小隊を率いる者を選ぶ。
剣の腕よりも、
状況を見る目を持つ者。
「戦うな。
だが、逃げるな」
桜花は、その者に言った。
「守れなかった場所で、
何が起きるかを見る。
それを、必ず持ち帰れ」
それは、命令というよりも、託しだった。
◇
桜花は、再び市の方を見る。
人は、何も知らずに動いている。
だからこそ、守る意味がある。
「……黒鋼」
心の中で、名を呼ぶ。
「お前は、
私が選ばなかった場所を突く」
それは、戦としては正しい。
だが――
「私は、
選ばなかった責任からも、
目を逸らさない」
◇
夕刻、風が強まる。
遠く、煙が上がった。
矢上が歯を食いしばる。
「……来ました」
「分かっている」
桜花は、目を伏せない。
そこは、
自分が立たなかった場所。
自分が、守れなかった場所。
だからこそ。
「行くぞ」
桜花は、馬に飛び乗った。
「雷は、
守った場所だけに落ちるわけじゃない」
選ばなかった場所。
切られた場所。
そこに残るものを見るために――
彼女は、前へ出る。
戦は、
“守るか切るか”から、
“選んだ責任を引き受ける段階”へ
確実に進んでいた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語は、派手な展開よりも
「選んだこと」と「選ばなかったこと」
その両方に残る重さを描いています。
全部は守れない。
だからこそ、何を守るかを選ばなければならない。
その覚悟が、戦の形を変えていく――
そんな戦記を書いています。
田舎のおっさんが、
自分なりに人生を振り返りながら書いている物語ですが、
少しでも何か残るものがあれば嬉しいです。
次も、表と裏、両方から続きを書いていきます。




