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雷哭ノ桜花戦記 ― 奪われた鍵を求めて  (表)  作者: 田舎のおっさん
第4部

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第25話(表)

――守れなかった場所へ


 集落の朝は、昨日と変わらず始まっていた。

 子どもが走り、鍬を担いだ男が畑へ向かう。

 その営みの外側で、戦が静かに息を潜めている。


 桜花は、集落を振り返らずに馬を進めていた。

 守ると決めた場所は、もう背後にある。


「……動いたな」


 矢上が、低く告げる。


「黒鋼軍、集落を避けて前進。

 ただし、完全撤退ではありません。

 進路を奥へ……かなり、踏み込んでいます」


「そうか」


 桜花の声は、落ち着いていた。


 黒鋼は、戦場を作らなかった。

 だが、逃げたわけでもない。


 守れない場所へ、意図的に向かった。


     ◇


 地図を広げる。

 集落のさらに先、山間部に点在する小さな補給拠点。

 街道から外れ、民の数も少ない。


「……黒鋼は、ここを選んだな」


 桜花の指が止まる。


「守る価値があるかどうか、

 判断が分かれる場所だ」


 矢上が、静かに頷いた。


「民は少数。

 補給線としては重要ですが、

 切り捨てても“大義”は失いにくい」


「だからこそだ」


 桜花は、地図を畳んだ。


「黒鋼は、私に選ばせに来ている。

 ここを守るか、捨てるか」


 集落は守った。

 では次はどうするのか。


 全てを守ることはできない。

 だが、選ばなかった場所には、必ず理由が残る。


     ◇


 進軍を止め、桜花は本隊に命じた。


「全軍、速度を落とせ。

 先行部隊を出す。

 正面衝突は避ける」


 兵たちの表情に、緊張が走る。


「……戦にならないのですか」


「なる」


 桜花は、はっきり答えた。


「だが、それは今じゃない。

 黒鋼が“ここなら切れる”と踏んだ場所で、

 こちらがどう立つかを見せる」


 それは、力比べではない。

 価値観の衝突だ。


     ◇


 昼過ぎ、先行部隊から報が入る。


「前方の補給拠点、

 黒鋼軍がすでに接触しています」


「民の動きは?」


「避難を始めていますが……

 全員は間に合いません」


 矢上が歯を食いしばる。


「……桜花殿」


「分かっている」


 桜花は、目を閉じた。


 ここだ。

 黒鋼が用意した場所。


 守れば、戦になる。

 守らなければ、黒鋼は“正しかった”ことになる。


     ◇


 桜花は、馬を止めた。


 剣に手をかけ、しかし抜かない。


「……全部は守れない」


 それは、言い訳ではない。

 事実だ。


「だが、

 見捨てたままにはしない」


 彼女は、顔を上げる。


「先行部隊を増やす。

 民の退路を確保しろ。

 補給拠点は……」


 一瞬、間があった。


「黒鋼に渡す」


 矢上が、息を呑む。


「……よろしいのですか」


「奪い合う価値がある場所じゃない。

 だが、

 守ろうとした意思は、必ず残す」


 桜花は、静かに続けた。


「黒鋼は、

 “切れる場所”を選んだ。

 なら私は――

 切られた後に、何を残すかを選ぶ」


     ◇


 夕刻。

 遠くで、黒鋼軍の旗が翻る。


 桜花は、その方向をまっすぐに見据えた。


「……黒鋼」


 小さく名を呼ぶ。


「お前は、守れない場所を示した。

 私は、

 守れなかった後の責任を引き受ける」


 それは、次の戦場への布石だ。


 剣を抜く前に、

 決着は、もう始まっている。


 雷は、まだ落ちない。

 だが――

 次に落ちる場所は、互いに分かっていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


この作品は、派手な魔法も、

分かりやすい正義もあまり出てきません。


ただ、

「選ぶこと」

「守ること」

「逃げないこと」

その重さだけは、ちゃんと書きたいと思って続けています。


田舎のおっさんが、

自分なりに人生を振り返りながら、

戦記という形を借りて書いている物語です。


少しでも何か残るものがあれば、

それだけで十分です。


次も、表と裏、両方書いていきます。


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