第七話 勝利の影 ― 霧に消えた影と残された手掛かり
蒸気と土埃が薄く漂い、
夜明けの光がようやく戦場を照らし始めた。
桜雷作戦――
桜花帝国に久方ぶりの“勝利”をもたらすはずの電撃戦は、
予想を遥かに上回る激戦となった。
だが結果は――勝利だった。
第三陣は敵の補給線を断ち、
第五陣は黒鋼獣の主力を押し返し、
侍工廠は三体の黒鋼獣の脚部破壊に成功。
しかし朔夜の表情は、
勝利の色を帯びてはいなかった。
(……読まれていた。
あの“鋭い視線”。
あの配置のズレ……)
朔夜は補給車の影で、息を整えながら思い返す。
(蓮……
本当に……戦場にいたのか)
どこかで霧の流れが変わる瞬間を、
蓮の癖と同じ“読み方”で感じ取った。
確信に近い。
だがそれを口にすれば、
彼自身の立場が揺らぐことも理解していた。
「天城士官!」
声をかけてきたのは副参謀の赤司だった。
「損害報告がまとまりました。黒鋼獣を三体撃破、五体に中破。
こちらの被害は……軽傷者多数、重傷者十七名、戦死者三名です」
朔夜は拳を強く握った。
勝利の裏には、必ず死がある。
「……分かりました。
負傷者の搬送を最優先に。
戦死者の名前はすぐに本部へ送ってください」
赤司が頷き、去っていく。
朔夜は静かに目を閉じた。
(僕の作戦が……彼らを死なせた。
勝利の代償……
これが“参謀の現実”なんだ)
同時に胸の奥で別の痛みが走る。
(蓮……
本当に敵になってしまったのか?
なら……どうして僕の動きを読めた?)
答えの見えない問いが胸を締め付ける。
戦場の裏側、
敵陣に近い霧の深い場所――
「……ん?」
朔夜の視界の端で、何かが動いた。
侍工廠の兵が駆け寄り、
地面に落ちていた“黒い布切れ”を拾い上げる。
「天城様、これを」
手渡された布は、
黒鋼連邦の下級士官が着用する副衣。
しかし縫い目の装飾は、一般兵のものとは違う。
(……この刺繍。
黒鋼獣の操縦士……?)
だが、妙だ。
こんな近くに操縦士の副衣が落ちているのは、“普通ではない”。
「敵の操縦士が……降りてきていた?」
朔夜が呟いた瞬間――
背後で空気が揺れた。
ヒュッ……!
蒸気の匂い。
細く鋭い殺意。
「――ッ!」
朔夜はとっさに身をひねった。
刃が空を裂いた。
霧の中から現れたのは、全身黒装束の“影”――
黒鋼連邦の密偵部隊《影機関》の刺客。
(しまった……!
補給線を破壊した報復か!)
刺客は無言で刃を構え直す。
その動きは音も風も殺した“機械”のようだった。
朔夜はすぐに武器を構えられない。
一歩遅れれば――死。
だが刃が振るわれる寸前、
後方から影山隊の兵が割り込んだ。
「天城殿、下がってください!!」
金属音が弾け、
刺客が跳ね飛ぶ。
影山隊は即座に包囲陣を組んだ。
「くっ……!速い!!」
刺客は一瞬の迷いも見せず、
煙のように霧へと消えていく。
(……なぜ僕を?
参謀を狙う理由……
まさか――)
朔夜は拾った黒衣を強く握る。
(蓮……
お前を守るためか?
違う、これは……夕凪の……)
影山隊の隊長が駆け寄った。
「天城殿、刺客が落としていきました。
おそらく伝令か何かかと」
差し出されたのは
――焼け跡のついた、小さな金属札。
朔夜の心臓が止まりかけた。
「……夕凪の紋章だ」
桜花の巫女だけが持つ、
“鍵紋”を刻んだ札。
だがそれは、黒鋼の印と汚れで覆われていた。
(夕凪……やっぱり……黒鋼に……!)
頭の中で雷が落ちたような衝撃が走る。
影山隊隊長が言う。
「どうやら敵は、天城殿の動きを警戒しているようです。
参謀本部へ戻られるべきかと」
朔夜は札を握りしめた。
「戻ります。
この情報……必ず、次の作戦に活かす」
(夕凪……
必ず見つける。
蓮、お前がそこにいるなら……
僕は――もう逃げない)
霧の奥で、
黒鋼の影が一瞬だけ揺れた気がした。
それは蓮だったのか。
別の刺客だったのか。
判断はつかない。
だが朔夜の胸には
“確かな手掛かり”と“確固たる覚悟”が残った。
勝利の影は、
新たな戦いの幕開けだった。




