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雷哭ノ桜花戦記 ― 奪われた鍵を求めて  (表)  作者: 田舎のおっさん
第4部

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第24話(表)

――雷は、守る者の前に落ちる


 集落の朝は、静かだった。

 鶏の鳴き声、井戸を汲む音、まだ眠りの残る足取り。

 戦の気配は、ここにはない。


 桜花は丘の端で馬を止め、その光景を見下ろしていた。

 人が生きている場所。

 だからこそ、戦場になってはならない場所。


「……黒鋼は、止まった」


 矢上が頷く。


「はい。黒鋼軍、集落の外縁で展開。

 略奪なし、徴発もなし。

 完全に“動かない軍”として存在しています」


「守りながら、戦わない……か」


 桜花は小さく息を吐いた。

 黒鋼らしい選択だ。

 剣を抜かず、だが退かない。


 それは、彼女に向けた問いでもあった。


     ◇


 桜花は、本隊を進めなかった。

 集落の手前で止める。


「ここから先は、民の生活圏だ。

 一歩でも踏み込めば、戦になる」


 兵たちの表情が引き締まる。


「だが、黒鋼はそこを選んだ。

 剣を抜かずに、ここを“戦場にしない”という形でな」


 矢上が静かに問う。


「……我らは、どうしますか」


 桜花は、地図を閉じた。


「守る」


 一言だった。


「黒鋼が守ると言うなら、

 私は“先に守る”。

 民に、どちらが先に立ったかを示す」


 それは挑発ではない。

 選択の提示だ。


     ◇


 桜花は、馬を降りた。

 外套を外し、武具を軽くする。


「……将が、前に出られるのですか」


「前に出るのは、剣じゃない」


 そう言って、彼女は歩き出した。

 集落へ向かって。


 兵たちがざわめく。

 だが、止める者はいなかった。


 桜花は、門も柵もない村道を進み、

 最初に目に入った年寄りへと頭を下げた。


「私は、この地を守りに来ました」


 その声は、静かだった。


「戦を呼び込むつもりはありません。

 ですが、もし剣が必要になった時は――

 私が、最初に立ちます」


 老人は、しばらく桜花を見つめ、

 やがて、深く頷いた。


「……それなら、信じよう」


     ◇


 その報は、すぐに広がった。


「雷哭の将が、村に入った」

「剣を抜かずに、守ると言ったらしい」


 人の声は、壁よりも早く届く。


 矢上が、低く言う。


「黒鋼にも、必ず伝わります」


「伝わっていい」


 桜花は空を見上げた。


「これは、戦術じゃない。

 覚悟の提示だ」


     ◇


 午後、遠くで黒鋼軍の動きが見えた。

 隊列がわずかに揺れる。


「……来るな」


 桜花は、そう呟いた。


 来れば、戦になる。

 来なければ、退くことになる。


 どちらも、黒鋼にとって重い。


 彼女は、刀に触れなかった。

 抜かなかった。


 守る者が剣を抜くのは、

 最後の最後でいい。


     ◇


 風が変わる。

 雲が、ゆっくりと集まり始める。


 桜花は、集落の中央で立ち止まった。


「……黒鋼」


 その名を、心の中で呼ぶ。


「次は、

 どちらが“守る覚悟を貫くか”だ」


 雷は、まだ落ちない。

 だが――

 落ちる場所は、もう逃げられない。


 人の営みの真ん中で、

 戦は、最も重い形を取り始めていた。

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