第二十二話(表)
――雷は、耐えた先に落ちる
谷に、夜が降りた。
空は雲に閉ざされ、星は見えない。
濡れた
桜花は、崖上の岩陰に立っていた。
谷の底では、黒鋼軍の焚き火が、点のように連なっている。
「……耐えたか」
低く呟く。
黒鋼は、動かなかった。
崩れず、突っ込まず、逃げもしない。
それは、最も苦しい選択だ。
兵の疲労も、緊張も、時間とともに積み上がる。
だが──
それでも形を保った。
「
矢上が、声を潜めて近づく。
「敵、夜営を維持しています。
突出も撤退もなし。
……
「それでいい」
桜花は、谷を見下ろしたまま答えた。
「耐えるという行為は、
必ずどこかで、歪みを生む」
人は、無限には耐えられない。
どれほど統率が取れていても、
どれほど覚悟があっても。
◇
深夜。
風が、再び変わった。
霧が谷に流れ込み、視界が急激に落ちる。
焚き火の輪郭が滲み、隊列の境目が曖昧になる。
「
桜
これは偶然ではない。
地形と時間が生む、必然の瞬間。
"それぞれ
矢上が身を乗り出す。
「
桜花は、刀を抜いた。
刃が、わずかに月光を反射する。
"雷」
◇
音は、ほとんどなかった。
崖上から放たれた数本の矢が、
焚き火の近くに突き立つ。
炎が揺れ、
影が、踊る。
「……」
黒鋼軍の一角で、どよめきが走った。
敵襲ではない。
だが、確実に“異変”だ。
そ
谷の上流側で、落石が起きた。
大規模ではない。
だが、十分だった。
列
◇
「……
桜
雷は、一直線に落ちるものではない。
段階がある。
溜まり、揺れ、そして──
一点に集中する。
桜花の狙いは、
黒鋼でも、将校でもない。
「
◇
谷の中央。
疲労の溜まった部隊が、
霧と闇の中で、わずかに判断を誤る。
「……後ろが詰まってるぞ」
「前は動くなと言われてる!」
「いや、今の音は──」
声が重なり、
命令が、届かなくなる。
その刹那。
桜花が、姿を現した。
「──下がれ!」
フラッシュ。
斬ったのは、将ではない。
兵でもない。
**隊列の“間”**だ。
動こうとした者と、止まろうとした者。
その間に、雷のように踏み込む。
血が飛ぶ。
悲鳴が上がる。
だが、それは殺戮ではない。
崩壊の合図だ。
◇
「雷だ……!」
「来たぞ……!」
恐れ
耐え続けていたものが、
一気に噴き出す。
桜花は、深追いしない。
斬り続けない。
ただ、一度だけ、はっきりと見せる。
ここにいる。
ここで、落ちた。
それで十分だ。
◇
桜花は、霧の中へ戻った。
背後で、黒鋼軍が必死に隊列を立て直す気配がする。
怒号。
号令。
鉄の音。
だが──
もう、完全には戻らない。
「……黒鋼」
桜花は、息を整えながら呟いた。
「耐えたな。
だからこそ──
落とせた」
雷は、焦れた者に落ちる。
だが、
耐久性。
そ
◇
夜の谷に、雷鳴が轟いた。
本物の雷だ。
桜花は、空を見上げない。
もう、見なくていい。
戦場は、確かに動いた。
次は、黒鋼が“答え”を出す番だ。
第四部は、
ついにフロントへと達した。




