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雷哭ノ桜花戦記 ― 奪われた鍵を求めて  (表)  作者: 田舎のおっさん
第4部

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第二十一話(表)

――雷は、落ちる場所を知っている


 風が、はっきりと変わった。

 霧は薄れ、空気は張りつめ、戦場の輪郭が戻りつつある。


 桜花は、丘を越えた先の地形を見下ろしていた。

 谷が細く絞られ、両側を岩壁に挟まれた一本道。

 進めば退けず、退けば背を晒す。


「……来るな」


 言葉とは裏腹に、表情は静かだった。

 ここは“作られた戦場”ではない。

 どうしても、戦場になってしまう場所だ。


 矢上が隣で地図を閉じる。


「黒鋼軍、進路を一本化。

 散開をやめ、主力を集中させています」


「選んだな」


 桜花は、ゆっくりと頷いた。


「曖昧さを切り捨てた。

 つまり──ここで、形を作るつもりだ」


 ここまで来れば、回避はできない。

 黒鋼は“雷が落ちると分かっている場所”へ、自ら踏み込んでくる。


     ◇


 桜花は、部隊を止めた。


「全軍、ここで待つ」


 ざわめきが走る。

 逃げも、追撃も、しない。


「……ここで、受けるのですか?」


 矢上の問いに、桜花は首を横に振った。


「違う。

 ここで、落とす」


 彼女は谷の入口を指した。


「黒鋼は、正面衝突を選んだ。

 ならば私は、正面で応じない」


 兵たちの視線が集まる。


「この地形は、隊列が伸びる。

 前と後ろが分断されやすい。

 突破を急げば、必ず“無理が出る”」


 黒鋼は強引に形を作る。

 それは、彼自身が“曖昧さを拒む男”だからだ。


「そこへ、雷を落とす」


     ◇


 準備は静かに進んだ。


 崖上に伏せる弓兵。

 谷の出口に潜む機動兵。

 正面は、あえて薄く。


「……囮ですか」


「餌だ」


 桜花は、はっきりと言った。


「黒鋼は、突破できると見れば踏み込む。

 だから、踏み込ませる」


 正面で受け止めれば、力で押し切られる。

 だが、通したあとで落とせばいい。


     ◇


 昼過ぎ、土埃が上がった。


「来ました……!」


 黒鋼軍の先頭が、谷へ踏み込む。

 隊列は密。

 速度もある。


「……いい」


 桜花は、動かない。


 敵は前を見る。

 突破点だけを見ている。


 その瞬間を、待つ。


     ◇


 先頭が谷の中ほどへ入った時、

 桜花は、短く息を吸った。


「今だ」


 合図と同時に、雷鳴が落ちた。


 崖上から矢が降り注ぐ。

 落石が道を塞ぐ。

 出口側で、機動兵が姿を現す。


 前と後ろが、完全に断たれた。


「……っ!」


 黒鋼軍の隊列に、明確な“詰まり”が生まれる。

 進めない。

 退けない。


「前へ出るな! 隊列を保て!」


 敵将の声が響くが、

 声は混乱に飲まれていく。


     ◇


 桜花は、刀を抜かなかった。


 斬らない。

 突っ込まない。


 ただ、崩れるのを待つ。


 雷は、落ちる場所を知っている。

 無理に落とすものではない。


     ◇


 やがて、敵の動きが鈍る。

 隊列の中央で、指示が届かなくなる。


「……来る」


 桜花は、静かに呟いた。


 黒鋼は、この程度で止まる男ではない。

 必ず、前へ出る。


 自ら、形を保つために。


 そしてその瞬間こそが──

 雷が、真正面から落ちる時。


 桜花は、刀の柄に手を置いた。


「黒鋼。

 ここだ」


 戦場は、ついに形を持った。

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