表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷哭ノ桜花戦記 ― 奪われた鍵を求めて  (表)  作者: 田舎のおっさん
第4部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/110

第二十話(表)

――雷は、形を持たない


 夜が明けても、空は晴れなかった。

 雲は低く、風は一定せず、戦場の輪郭そのものが曖昧になっている。


 桜花は小高い尾根に立ち、眼下を流れる霧を見下ろしていた。

 補給中継地への一撃は効いた。

 だが、黒鋼は止まらない。


「……流したか」


 矢上が隣で地図を畳む。


「はい。補給線は再構築されています。

 固定点を持たず、巡回型に切り替えたようです。

 守りを固める気配はありません」


「守らない、という守りだな」


 桜花は短く息を吐いた。

 黒鋼は“正解”を避け続けている。

 断てば引く。守れば止まる。

 そのどちらにも入らない構造へ、自らを変えた。


「……厄介だ」


 だが、その声に苛立ちはなかった。

 むしろ、冷静な評価があった。


「黒鋼は、血管を分散させた。

 ならば次に効くのは──血ではない」


 矢上が首を傾げる。


「血でなければ……?」


「意思だ」


     ◇


 桜花は部隊をさらに分けた。

 正規兵ではない。

 軽装の機動兵、地理に明るい者、伝令役に長けた者。


「敵を斬るな」


 集められた者たちに、はっきりと告げる。


「見るな。

 追うな。

 ただ、現れろ」


 兵たちが戸惑う。


「現れる……とは?」


「敵の進路の“外側”に立て。

 尾根の向こう、谷の出口、

 次に“行けそうに見える場所”だ」


 桜花は地図の縁を指でなぞる。


「黒鋼は、戦場を作らない。

 だからこそ、次に進める“余地”を常に探している。

 その余地に、私たちが“いる”と示せ」


 戦わず、斬らず、壊さない。

 ただ、可能性を潰す。


「敵に撃たれても、深追いするな。

 目的は撃ち合いではない。

 判断を鈍らせることだ」


 理解が、兵たちの表情に広がっていく。


     ◇


 昼過ぎ、最初の報が入った。


「敵先遣、谷筋で進路変更。

 理由は不明ですが、

 前方に我が兵の姿を確認したとのことです」


「よし」


 桜花は頷いた。


「次」


「尾根越え部隊、足を止めています。

 包囲を警戒している様子です」


「よし」


 戦っていない。

 だが、進んでいない。


 黒鋼の軍は、少しずつ、確実に“遅れて”いる。


     ◇


 夕刻、霧が再び濃くなる。


 桜花は、静かに刀を抜いた。

 斬るためではない。

 自分の意志を確かめるためだ。


「……黒鋼」


 小さく名を呼ぶ。


「お前は、迷いを工程に組み込むと言ったな。

 ならば私は──

 工程そのものを、曖昧にする」


 進めるのか。

 避けるのか。

 攻めるのか。


 どれも“正しい”。

 だからこそ、選べない。


 それが、今の黒鋼軍に起きている。


     ◇


 夜。


 散開した小隊から、断続的に報が入る。


「敵、こちらを主力と誤認した模様です」

「別方向へ回り込みを開始しています」

「進軍速度、明らかに低下しています」


 矢上が静かに言った。


「……戦っていないのに、

 戦っているよりも効いていますね」


「雷は、形を持たない」


 桜花は答えた。


「落ちると決めた瞬間に、

 初めて形になる」


 彼女は北嶺の方角を見た。

 遠く、焚き火の列が揺れている。


「黒鋼は、まだ前に進める。

 だが、どこへ進むべきかが曖昧になり始めている」


 それでいい。

 完全な停止は狙わない。

 ただ、次の一手を“重く”する。


     ◇


 深夜、風が変わった。


 霧が一瞬、切れる。

 その隙間で、遠雷が光った。


 桜花は、わずかに目を細める。


「……来るな」


 呟きとは裏腹に、心は静かだった。


 黒鋼は、このまま曖昧さを受け入れる男ではない。

 いずれ、強引に形を作る。


 その時こそが、

 次の“本当の戦場”。


「雷は、形を持たない。

 だが──」


 刀を収め、桜花は踵を返す。


「形を持たせられた瞬間、

 必ず、そこへ落ちる」


 霧の向こうで、戦は次の段階へと進み始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ