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雷哭ノ桜花戦記 ― 奪われた鍵を求めて  (表)  作者: 田舎のおっさん
第4部

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第十九話(表)

――雷は、血管を狙う


 夜明け前、空はまだ暗かった。

 雲は低く垂れ、風が湿った草を撫でている。


 桜花は本隊を離れ、少数の機動部隊とともに進んでいた。

 目的地は前線ではない。

 敵主力の背後――補給線。


「ここから先は、戦場ではない」


 低い声で、桜花は言った。


「だが、戦を左右する場所だ」


 矢上が地図を見ながら頷く。


「黒鋼軍の補給は、谷筋を抜け、

 この中継地で一度集約されます。

 兵糧、矢弾、予備馬……全てがここを通る」


「守りは?」


「厚くはありません。

 黒鋼は、補給線を“止められる前提”で運用していない」


 桜花は静かに息を吸った。


「止めない。

 だからこそ、効く」


 完全に断てば、黒鋼は引く。

 だが、それでは戦は終わらない。

 彼女が狙うのは、“前進し続けながら歪む状態”。


「目標は三つ」


 桜花は指を立てる。


「一、糧秣の一部を焼く。

 二、輸送路を一時的に潰す。

 三、生き残りを逃がす」


 兵たちが、怪訝そうな顔をした。


「……逃がす、のですか?」


「そうだ」


 桜花は、はっきりと言った。


「全滅させれば、黒鋼は即座に配置を組み替える。

 だが、“逃げた者”がいれば、

 恐怖と不確実性が残る」


 戦とは、数の削り合いではない。

 判断を狂わせた側が、先に崩れる。


     ◇


 補給中継地は、谷の奥にあった。

 仮設の柵と天幕。

 焚き火の数は多くなく、油断が見て取れる。


「……想像以上に静かだな」


 兵の一人が囁く。


「黒鋼は、前に意識を向けさせるのが上手い。

 だからこそ、裏が薄くなる」


 桜花は合図を出した。

 動きは音もなく、影のように散る。


 最初の矢が放たれたのは、焚き火の近くだった。

 見張りが声を上げる前に、喉を射抜かれる。


 次いで、油袋に火矢が刺さる。

 炎が走り、夜を赤く染めた。


「敵襲──!」


 叫びが上がる頃には、

 すでに半分の天幕が燃えていた。


     ◇


 桜花は正面に出ない。

 斬るのは、守りの核だけだ。


 指揮役。

 伝令。

 補給の流れを理解している者。


 それ以外は、深追いしない。


「退路を残せ!」


 彼女の声が飛ぶ。


 混乱の中、逃げ出す兵が現れる。

 その背に、追撃の矢は放たれなかった。


「……なぜだ」


 敵兵の一人が、呆然と呟く。


 答えはない。

 ただ、炎と煙と、

 “何かが狂った”という感覚だけが残る。


     ◇


 短い戦いだった。


 糧秣は半分以上が焼け、

 輸送路は倒木と落石で塞がれた。


 それでも、全滅ではない。

 生き残りはいる。

 逃げた者もいる。


「撤退する!」


 桜花の合図で、部隊は速やかに離脱した。

 追撃はない。

 黒鋼軍は、まだ状況を掴みきれていない。


     ◇


 少し離れた丘の陰で、桜花は振り返った。


 夜明けの空に、黒煙が細く伸びている。


「……黒鋼」


 小さく名を呼ぶ。


「これは、止めではない。

 選ばせるための一手だ」


 進むか。

 立て直すか。

 それとも――追うか。


 どの選択も、代償を伴う。


 桜花は刀の柄に手を置いた。


「次は、お前が動く番だ」


 雷鳴が、遠くで低く響いた。

 それは、戦局の血管に打ち込まれた雷が、

 確かに効き始めた合図だった。

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