第六話 桜雷作戦・決戦 ― 雷は裂け、桜は舞う
夜明け前の空は、まだ藍色の膜に包まれていた。
だがその下で、千を超える桜花帝国兵が静かに息を潜めている。
魔導灯を消した陣列は、風の音すら飲み込むほどの静寂に沈んでいた。
天城朔夜は、丘の上で遠眼鏡を構えた。
白い息が細く揺れる。
(今日……全てが動き始める)
背後では、尚玄将軍が戦列を確認している。
第三陣、第四陣、第五陣。
その全てが朔夜の立案した戦術のもとに配備されていた。
「朔夜。
お前が描いた“雷の線”――
本当に信じていいのだな?」
尚玄の問いに、朔夜は迷わず頷く。
「はい。
黒鋼の前線基地は、補給線が一本だけです。
その“喉元”を断ち切れば、敵は動けなくなる」
「……若造の作戦に全軍を預けるのは、なかなか肝が据わるものだぞ」
「僕ではありません。
――桜花の未来に賭けてください」
尚玄は短く笑い、背を向けた。
(夕凪……この道の先に、必ず手がかりがある)
朔夜の胸の奥で、雷のような緊張が走った。
「……総員、前へ」
尚玄の号令が、風を裂くように響いた。
帝国軍の“静寂”が、ゆっくりと“進軍”へ変わっていく。
──ギギギギ……ン。
その瞬間、遠方で黒鋼塔の蒸気警報が鳴り始めた。
(気づかれた……!)
だが朔夜は冷静だった。
「想定内だ。
黒鋼は感知能力が高い。
むしろ、ここからが本番……!」
朔夜は作戦盤を展開し、音声式魔導伝令に命じた。
「第五陣、影山隊を“左斜め前”に展開!
敵の第一波を誘導して斜めに崩す!」
『了解! 影山隊、転移陣起動!』
桜花兵たちが蒸気術式で高速移動。
黒鋼の索敵を“ずらす”陣形に切り替わる。
(黒鋼獣は前面視界が広いが、側面は弱い……
ここで一気に突破できる!)
朔夜の脳内に、昨日の情報が蘇る。
黒鋼の初動速度、操兵の癖、動力炉の安定時間――
全てが描く“弱点の形”。
その弱点のど真ん中を、
朔夜の作戦は突いていた。
黒鋼側の霧の向こうに、
巨大な影がゆっくりと立ち上がる。
四脚の鋼鉄。
胸部で蒼い魔導炉が唸る。
陸蒸気兵《黒鋼獣》――十数体。
(来た……!)
朔夜は震えそうになる指先を押さえ、号令を飛ばした。
「侍工廠、第弐班!
“桜踏影”――発動!!」
『了解!』
蒸気の噴射音が一斉に鳴り、
桜花の忍装兵たちが地面を駆け抜ける。
その姿は、まるで夜明けの前触れの“影”。
朔夜が生まれ育った村で何度も見た
侍工廠の誇り高き姿だった。
黒鋼獣の巨体が一歩踏み出すたびに地面が震える。
だがその足元、わずかな死角――
そこへ侍工廠が潜り込み、刃と蒸気と魔導が交錯する。
──刃閃!
──蒸気爆裂!
黒鋼獣一体の脚部が切断され、膝をつく。
朔夜が声を上げた。
「今だ!!
第三陣、前進!!
黒鋼獣の中央突破を狙え!!」
部隊が雪崩れ込む。
黒鋼側の監視塔が警告を上げた。
魔導灯が点滅し、陣形が乱れる。
(読める……全部、見えてる……!
黒鋼の反応も、配置の癖も……)
自分の脳が高速で“計算”を始めているのが分かった。
(これは……僕の力なのか?)
その時、参謀の一人が叫んだ。
「天城士官!
敵の後方から――補助操縦と思われる魔導反応!!
索敵が異様に精密です!!
まるで我々の位置を――!」
朔夜の心臓が痛いほど跳ねた。
(……蓮?)
言葉にならない衝撃が走る。
敵の索敵――
動きの癖。
魔導パルスのリズム。
(……蓮の、読み方だ……)
かつて、隣で畑の害獣の位置を“匂い”だけで言い当てた少年。
風の流れだけで雨の訪れを察した少年。
(蓮……
本当に……黒鋼にいるのか)
胸の奥が熱く、苦しく、張り裂けるようだった。
「朔夜!」
尚玄が振り返る。
「動揺するな!
作戦を完遂させることが最優先だ!!」
朔夜は歯を食いしばり、視線を地図に戻す。
「……はい!!!」
雷のような声だった。
蓮の存在が、この戦場に影を落とした。
だが同時に、朔夜の決意をさらに強くした。
(蓮……
もし本当にいるなら、
僕は――戦ってでも、夕凪を取り戻す)
遠くの空で、黒鋼塔の蒸気爆音が轟く。
戦場の中央に、
雷のような光が走った。
桜雷作戦――開戦。




