第12話(表) 『世界の眼 ― 英雄の“位相”が変わる瞬間』
――天城朔夜 視点
灰境州の霧が、静かに揺れている。
まるで呼吸しているように。
第二波との激闘の余熱がまだ残る戦場で、
朔夜は空を見上げた。
空は――割れていた。
薄い光の筋が、
空の向こうから地上へ降りてくる。
そのひとつが、自分の胸へ落ちていくのが分かった。
(これは……
雷ではない。
魔導でもない。
檻の力でも……)
何か“別のもの”だ。
その瞬間、
胸の奥に声が落ちてきた。
『……朔夜……』
蓮の声。
だが、それだけではない。
『……にい……ちゃん……』
少女の声。
さらに――
もうひとつの声があった。
『――――』
言葉ではない。
音ではない。
ただ「世界そのもの」の揺らぎ。
三つの波形が同時に重なる。
朔夜は息を呑む。
(――繋がったのか)
今、檻の内部で何が起こっているのか、
朔夜には分からなかった。
だが確かに、
“光”が自分の胸に吸い込まれていく感覚があった。
それは温かい。
けれど、どこか痛い。
自分の身体が“どこかへ引っ張られている”ような違和感。
副官が青ざめた声で叫ぶ。
「朔夜様っ!!
身体が……透けて――!?」
朔夜は下を見る。
自分の足が――
霧と同じ色に溶けつつあった。
(……これは……
本当に“位相”がずれ始めている……?)
第二波の兵の分析が脳裏をよぎる。
“英雄の存在そのものが世界に干渉している”
ならば今のこれは――
完全な干渉だ。
不意に、地面が震えた。
霧が大きく波打ち、
まるで“何かを歓迎するように”広がる。
副官が叫ぶ。
「三波来襲ッ!!
霧の奥から多数の魔導反応!!
これは……“殲滅隊”です!!」
殲滅隊。
英雄を“必ず消すためだけ”に作られた部隊。
普通の軍ではない。
裏組織でもない。
国家の暗部と“世界意思”が結託した破壊ユニット。
(……とうとう来たか)
朔夜は一歩前に出る。
霞の中から、
黒い装甲の兵が無数に現れた。
全員が朔夜を見ている。
その眼光に“恐怖”はない。
あるのは、任務と確信だけ。
「天城朔夜――」
隊長格が一歩前へ出る。
「貴様の存在は、
“新しい世界”の構築を阻む根源と判定された。」
「――よって、ここで排除する。」
朔夜は静かに答えた。
「排除されるつもりはない。」
雷が手に宿る。
しかし、その雷はこれまでと違う。
霧と雷が混ざり――
朔夜の周囲に“境界”のような膜を作っていた。
副官が恐る恐る言う。
「朔夜様……
この雷……色が……違います……」
「まるで……檻の光と……重なって……」
朔夜自身、困惑していた。
(……俺の力じゃない)
(霧、檻、外界……
全部が混ざって俺に流れ込んでいる……)
殲滅隊が一斉に動く。
黒い鎖が、
地面から天へと走る。
魔導定位鎖――
英雄の位相を地上に固定する“拘束魔導”だ。
だが。
霧が裂け、
雷がその鎖を焼き切った。
殲滅隊が驚愕にざわめく。
「拘束が通らない……!?」
「世界相当の魔導を上回る反応……何者だ……?」
「英雄という枠ではない……!」
朔夜は自分の胸の奥が熱くなるのを感じた。
光が、脈打っていた。
(蓮……
この光は、お前か……)
そこへ少女の声が重なる。
『……にい……ちゃん……
もうすぐ……会える……』
そして――
世界の声が重なった。
朔夜の脳を貫くような響き。
『――――』
言葉にはできない。
ただ――
世界が朔夜を“見つけた”ことだけは分かった。
殲滅隊が叫ぶ。
「英雄の位相が――変質していくぞ!!」
「このままでは……排除不可能!!」
「撤退!? いや……任務が……!」
朔夜はゆっくり歩く。
霧が道を開け、
雷がその足元を照らす。
殲滅隊が怯えた。
副官が囁く。
「……朔夜様……
あなたは――」
「――もはや、“人間の側”だけではありません。」
朔夜は歩みを止めなかった。
(行くぞ。
蓮。
少女。
お前たちがいる場所へ。)
そして心の中で伝える。
(――待っていろ。)
(必ず、辿り着く。)
雷が鳴り、
霧が震え、
世界が応えるように光る。
朔夜は“英雄”を超えようとしていた。




