第10話(表) 『決壊点 ― 英雄殺し部隊、崩れる』
――天城朔夜 視点
雷は、空を裂いていた。
灰境州の霧がうねり、
討伐部隊の結界が歪む。
「――押し込め!!
英雄を孤立させろ!!」
隊長の怒号が飛び、
黒鋼装甲の兵たちが半円状に突撃してくる。
魔導拘束刃が、朔夜の動きを“封じる”ように交差する。
普通なら避けられる速度ではない。
だが――
(……遅い)
朔夜には、そう感じられた。
なぜなら今、
灰境州の霧が、敵の動きを“先読み”して揺れていた。
副官が驚愕の声をあげる。
「朔夜様……
もしかして……
霧が……“あなたを守っている”……?」
違う。
霧が守っているのは――
守ろうとする意思そのものだ。
そして今、
朔夜の中には明確な“拒絶”があった。
(この場所に、
これ以上の犠牲を出させない――)
雷が背中を走る。
霧がその雷を撫でるように光り、
朔夜の周囲だけが鮮明に見えた。
隊長が叫ぶ。
「魔導封陣――展開!!
英雄の力を――!」
しかし。
封陣は完成しなかった。
霧がその中心を“吸い込む”ようにねじ曲げ――
魔導符は空中で崩れ落ちた。
「なっ……!?
術式が……霧に喰われた……!!」
朔夜は静かに言った。
「ここは――
お前たちの術式を受け入れない。」
討伐部隊の詠唱が崩れた瞬間、
朔夜の剣が閃く。
雷が地面を砕き、
黒鋼装甲の兵が二人、吹き飛ばされた。
隊長の怒号が響く。
「怯むなッ!!
英雄の力は“封じられているはず”――!」
「封じられてなんかいない。」
朔夜は、淡々と言った。
雷が刀身に絡みつく。
そして彼の内側で――
何かが“解ける”感覚があった。
(……蓮……
お前、こっちに“届いてる”のか)
胸の奥で、
確かに光が共鳴している。
「……無駄だ。」
朔夜は、深く息を吸い――
次の瞬間。
雷が“霧を伝って”戦場全体を駆けた。
討伐部隊の兵たちが一斉に構えを崩す。
「う、動きが……!?」
「霧が……身体にまとわりつく……!?」
「ただの自然現象じゃない……!!」
副官が震えながら言った。
「朔夜様……
あなたは……灰境州そのものと――」
朔夜は、言葉を切った。
(違う。
霧が俺に力を貸しているんじゃない)
(霧は“意思”に反応している)
(守ろうとする意思――
拒絶の光――
それにこの土地は応じている)
そしてその“光”は、
自分だけのものではない。
(檻の向こうにいる誰か――
あの少年と少女の光も……
ここへ届き始めている……)
隊長が、奥歯を噛みしめた。
「構うな!
術式が効かぬなら――
“力”で押し潰せ!!」
十名の前衛が突進する。
黒鋼装甲は重い。
だが、それに合わせて霧が左右に割れる。
朔夜は前へ一歩。
雷が走った。
兵たちの動きが止まる。
気づけば、
朔夜の剣は彼らの首筋に向いていた。
動いたのは、一瞬だけ。
それでも誰の血も流さない。
隊長が呆然と呟く。
「……手……加減を……?」
「ここは“討伐戦場”じゃない。」
朔夜は言う。
「俺が斬るのは、
“倒すべき相手”だけだ。」
「お前たちは――
まだ、その範囲に入っていない。」
副官が震えた。
(……英雄だ……
本物の……)
しかし隊長は叫ぶ。
「甘ぇんだよ!!
英雄は――“正義の敵”だ!!」
隊長が魔導拘束刃を構え、
霧を切り裂くように突撃する。
鋭い。
重い。
迷いがない。
朔夜は、刀を握り直した。
(来い)
雷が刀身から溢れる。
霧が足元で渦を巻く。
討伐部隊の隊長と朔夜の剣が――
初めて真正面でぶつかった。
空気が割れ、
土が弾け、
霧が吹き飛んだ。
副官は叫ぶ。
「朔夜様――ッ!!」
視界が光に染まる。
隊長も朔夜も動かない。
一瞬の静寂。
そして――
音を立てて倒れたのは、
隊長の武器だった。
青白い欠片が、霧の中に散った。
隊長は理解した。
「……バケモノが……
本当に……“完全に封じられていない”……!」
朔夜の腕に、雷が宿る。
朔夜は言った。
「ここは“俺の戦場”じゃない。」
「だが――
俺が守る場所だ。」
討伐部隊が後退した瞬間――
灰境州が大きく“鳴った”。
まるで檻の向こうの世界と重なるように。




