第8話(表) 『英雄討伐部隊、灰境州へ ― 正義は剣を向ける』
――天城朔夜 視点
灰境州の空気は、朝になっても重かった。
夜の砲撃は止んだ。
だが――世界は静寂を取り戻さなかった。
「朔夜様……こちらを」
副官が、震える手で一枚の書状を差し出す。
その紙の端は、焦げている。急ぎで焼き付けた命令書の証だった。
朔夜は、それを受け取った。
そこに記されていた文面は、
これまでのどんな作戦よりも残酷だった。
《英雄 個体・天城朔夜の“討伐”を許可する》
《討伐部隊:新時代連合・第二制圧群》
《灰境州・第九層へ投入開始》
《反逆の芽は、例外なく摘み取れ》
副官が言葉を詰まらせる。
「……討伐部隊は、
“専用編成”です……」
その意味は分かっていた。
英雄を殺すためだけに作られた部隊。
朔夜が沈黙すると、
副官はさらに震えた声で続ける。
「彼らは……
“英雄殺し”とも呼ばれています……」
「……大げさだ」
朔夜は肩をすくめた。
だが、心の奥で分かっていた。
(……本気で俺を排除しに来る……)
(このまま『例外』を守るなら――
俺は、本当に“新時代の敵”として処理される)
しかし、おかしいことがもう一つあった。
「討伐部隊は、なぜまだ姿を見せない?」
本来なら、夜のうちに降下してきてもおかしくない。
副官は紙を握りしめた。
「偵察部隊の報告では……
灰境州の霧が、急激に濃くなり、接近できないとのことです」
「霧が……?」
ただの自然現象ではない。
(……昨日の“光”……
あの無籍領民の胸から溢れた光……)
(あれは……
ただの偶然じゃなかった)
胸の奥で、嫌な予感と同時に、
かすかな希望のようなものも芽生える。
「……朔夜さん」
背後から声がした。
無籍領民の女――
昨日、砲撃を逸らした“光の資質”を持つ存在だ。
彼女は、地下坑道から戻ってきたらしい。
「あなた……
本当に“逃げない”つもりなんですか……?」
朔夜は静かに頷く。
「逃げたら、
俺が守った意味がなくなる」
女は少し迷ってから、
胸元に手を当てた。
「……あの光……
私には……何なのか分からない」
「でも……
昨日、あなたを見たとき……
“守らなきゃいけない”って、思った」
朔夜は思わず問い返す。
「なぜ俺を?」
女は、小さく笑った。
「あなた、
本当は“英雄”なんかじゃないからです」
その言葉は、
朔夜にとって、皮肉にも救いだった。
そのとき。
空気が変わった。
灰境州の霧が左右に裂け、
砂塵の中から黒い影が現れた。
「――来たな」
副官が蒼白になる。
「第二制圧群……
“英雄殺し”の主力です……!」
彼らは、異様な静けさで進んでくる。
魔導装甲。
対人格戦用の黒鋼盾。
そして――
朔夜の雷哭刀を封じるための“対魔導拘束刃”。
普通の兵とはまったく違う。
その中心に、一人の大柄な男が立った。
「……天城朔夜」
声は低く、濁っていた。
「お前の英雄としての役目は、ここで終わりだ。
新時代は“例外”を許さない」
朔夜は、一歩前に出た。
「例外を許さないなら――
それはもう、“時代”じゃない」
男は、鼻で笑う。
「偉そうに言うな。
お前は英雄という“例外”のまま、生かされてきただけだ」
言葉が、静かに刺さる。
「だから我々が“刈る”。
世界を均すために、な」
副官は震えていた。
「……朔夜様……
どうか退避を……!」
だが朔夜は、剣を抜いたのではない。
右手を、ゆっくりと横に払った。
無籍領民の女と、その仲間たちの方向へ。
「退がれ。
巻き込まれる」
女は、目を大きく見開いた。
「あなたは……
一人で戦うつもり……!?」
「違う」
朔夜は、空を見上げた。
霧が揺れている。
昨日と同じ光のような脈動が、微かに走る。
「――俺は“この場所”と一緒に戦う」
灰境州そのものが、
朔夜に味方し始めている。
それを誰も理解していなかった。
まだ――
誰一人として。
制圧群の隊長が叫ぶ。
「構えろ!
英雄の首を刈れ!」
刃が一斉に光り、
魔導兵たちが前進を開始する。
朔夜は深く息を吸った。
(……来い)
(……ここは俺が守る)
雷が、指先に走った。
空気が震えた。
霧が唸り始めた。
灰境州そのものが、朔夜の“拒絶”に応じるように。
そして――
英雄討伐部隊との“初戦”が、静かに幕を開けた。




