第6話(表) 『灰境州異変 ― 英雄は、誰の敵になる』
――天城朔夜 視点
灰境州に来て、七日目。
戦場は、すでに“慣れ”の匂いを帯び始めていた。
砲声。
魔導反応。
負傷者の報告。
次の掃討地点への移動――。
すべてが“運用手順”として整理され、
誰も「なぜ戦うのか」を口にしなくなる。
それが、朔夜には一番、重かった。
「――英雄殿、次の作戦です」
副官が差し出した作戦書に、
見慣れない区域名が記されていた。
《未同定中立帯・第九層》
「……中立帯?」
「はい。
これまで“どの勢力にも属さない”とされ、
あえて放置されてきた区域です」
嫌な予感が、胸に広がる。
「……なぜ、今になって?」
副官は、目を伏せた。
「……新時代連合評議会の決定です。
“灰境州に、例外を残してはならない”と」
その一文で、すべて理解できた。
(……正義は、もう“余白”を許さない)
第九層は、灰境州の中でも異質な場所だった。
破壊の痕が、ほとんどない。
簡易住居の跡。
小さな耕作地。
そして――
武装ではなく、“避難した市民たち”の痕跡。
だが、索敵魔導が異常反応を示す。
「英雄殿、魔導反応多数……!
ですが、武装レベルが……」
「低すぎる、か」
「……はい」
それでも、命令は変わらない。
“制圧せよ”
朔夜は、剣を抜かなかった。
無線に向かって、はっきりと告げる。
「……ここは、戦闘区域じゃない。
市民が避難している可能性が高い」
「英雄殿、命令です」
冷たい声が返ってくる。
「“例外を認めない”ことが、
新時代の秩序です」
その言葉が、
これまでとは違う重さで、胸に突き刺さった。
(……例外のない正義、か……)
その瞬間。
霧の奥から、
ゆっくりと一隊の人影が現れた。
生活服に近い装備。
だが、全員が何らかの旧式武装を携えている。
前に立つのは、
まだ若い女だった。
「……ここは、
あなたたちの“処理場”じゃない」
声は震えていた。
だが、逃げなかった。
「私たちは、
どの国にも属していない」
「だから、
どの正義にも従わない」
その言葉に、
背後の兵たちがざわめく。
副官が、小声で言う。
「……思想系中立武装集団。
通称、“無籍領民”です」
(……いたのか……こんな連中が……)
彼らは、国家からも、反国家からも弾かれた存在。
まさに――
“どの正義にも属さない人間たち”。
本部からの通信が、割り込んだ。
「英雄殿。
交渉は不要です。
“速やかな制圧”を――」
朔夜は、通信を遮断した。
その行動に、兵たちがどよめく。
副官が、青ざめた声で叫ぶ。
「朔夜様!?
本部命令は絶対です!」
だが朔夜は、前に出る。
霧の中の女と、まっすぐ視線を交わす。
「……ここに、何人いる?」
女は、一瞬だけ迷ってから答えた。
「……百と少し。
ほとんどは、戦えない」
その言葉が、
胸の奥で、重く響いた。
(……百人の命と……
新時代の“効率”か……)
朔夜は、剣を構えた。
だが、
敵に向けてではない。
――自軍に向けて、だ。
「……この区域は、
俺が預かる」
「……ここで戦わせない」
一瞬、時が止まった。
その直後。
司令部から、冷酷な通告が入る。
「――天城朔夜。
貴官の行動は、
“新時代秩序に対する逸脱”と判定する」
「命令を撤回しない場合、
貴官は――
“敵性判定対象”となる」
英雄が、
一瞬で“敵候補”に変わった瞬間だった。
副官の声が、震えた。
「……朔夜様……
退いてください……!」
朔夜は、霧の向こうの無籍領民と、
背後の新時代軍を、ゆっくりと見比べた。
(……なるほどな)
(……新時代ってのは……)
(……“誰を守るか”を選んだ瞬間に、
“誰の敵になるか”も決まる……)
彼は、はっきりと言った。
「……なら、
今日は――」
剣先を、わずかに下ろす。
「俺が、
“新時代の敵”になる」
雷が、
まだ鳴らないまま、
戦場の空気だけが、張り詰めた。




