第1話(表) 『英雄は、帰る場所を選べない』
――天城朔夜 視点
帝都・桜花は、戦後とは思えないほど整然としていた。
瓦礫は撤去され、
蒸気塔は規則正しく蒸気を吐き、
通りには人の声が戻っている。
――だが、その賑わいの中心には、必ず「自分」がいた。
「見ろよ……あの人が……」
「雷哭の英雄……」
「世界を斬った男だって……」
朔夜は、仮設の回廊を歩きながら、
無数の視線を一身に浴びていた。
歓声、畏怖、期待、崇拝。
そのすべてが、重たい圧となって背中にのしかかる。
(……世界と戦う方が、まだ楽だったな)
隣を歩く燈子が、声を抑えて言う。
「朔夜様……
本日の会議、正式名称が……」
「聞かなくていい。
どうせ“新時代構想本部”とか、
そんな大仰な名前だろう」
燈子が、困ったように小さく息を吐いた。
「……正解です」
その言葉が、やけに重く響いた。
謁見の間。
そこには、かつてない人数の重臣、軍司令、各国使節が集っていた。
桜花だけではない。
ストラタの中立監査官、
黒鋼からの「再編交渉団」――
かつて敵だった者たちまでが、同じ空間に立っている。
世界が消えたあと、
人は、驚くほど簡単に“同じテーブルに着いた”。
「――では、英雄殿にお言葉をいただこう」
その一言で、
すべての視線が、朔夜に集まる。
胸の奥が、
小さく軋んだ。
(……もう、始まってるな)
朔夜は、一歩、前に出る。
「……俺は、世界を救った覚えはない」
場が、静まる。
「妹を取り戻した。
それだけだ」
ざわり、と空気が揺れた。
だがその揺れは、
すぐに“都合のいい意味”へと変換される。
「謙虚なご姿勢……!」
「さすが英雄……!」
「このお方こそ、新時代にふさわしい象徴……!」
朔夜は、思わず奥歯を噛みしめた。
(……違う……
俺は、象徴なんかじゃない……)
だが、誰も聞いていない。
彼らが見ているのは、
天城朔夜という“人間”ではなく、
“雷哭の英雄”という看板だった。
会議の中身は、分かりやすかった。
桜花は「新時代の安定」を掲げる
黒鋼は「技術による再編」を主張する
ストラタは「均衡管理国家」への転換を宣言する
そして、共通しているのは、ただ一つ。
「英雄・天城朔夜を、中核に据える」
「新時代軍の象徴として――」
「抑止力として――」
「各国協調の要として――」
言葉が積み重なるほど、
朔夜の胸は、冷えていった。
(……これは……
“頼られている”んじゃない……)
(……“拘束されている”んだ)
会議が終わったあと、
朔夜は、帝都の高楼の一角に立っていた。
空は青い。
だが、青すぎる。
この空の下で、
今度は“人の正義”がぶつかり合う。
燈子が、後ろで静かに言う。
「朔夜様。
新時代の戦争が……始まります」
「……ああ」
朔夜は、低く答えた。
「今回は、世界のせいにはできないな」
燈子は、何も言わなかった。
言えなかったのだろう。
この戦争が、
“正しさで人を縛る戦争”になると、
誰よりも早く理解してしまったから。
その頃。
帝都の外れ、
小さな縁側で――
夕凪が、空を見上げていた。
同じ空。
同じ青。
だが彼女は、まだ知らない。
兄が今、
どんな“戦場”に立たされたのかを。
そして朔夜は、
空に向かって、静かに思う。
(……俺が守ったこの世界で……)
(……今度は、
誰が“正義”を振りかざす……?)
新時代を作る戦争は、
こうして、
最も静かな形で、始まった。




