第4話(表) 『遠征の刻 ― 桜花帝国、ストラタへ進軍決定』
――朔夜視点
ストラタからの“召喚状”が届いてから一夜。
帝国はすでに静かではいられなくなっていた。
帝都周辺の蒼揺れは拡大を続け、
結界庁は連日限界ぎりぎりの対応を迫られている。
もし蒼化が首都全域へ広がれば、
帝国は戦う前に内部から崩壊する。
そのため、
参謀本部の判断は素早かった。
――ストラタへの使節、および対処部隊を迅速に派遣する。
その中心となるのは、
天城朔夜である。
帝国北門の演習場では、
選抜された兵団が進軍準備を整えていた。
蒸気鎧に魔符を刻み、
操兵の蒸気炉を起動し、
索敵陰陽師たちが結界の安定を繰り返し確認する。
葵が朔夜へ駆け寄った。
「朔夜様、補給部隊の準備完了しました!
ストラタ境界まで三日。
中立地帯の蒼揺れは頻発しているため……
途中の休息地は使えません」
「……わかった。
行軍中に蒼揺れへ巻き込まれるリスクもある。
部隊の結界強度を一段上げておいてくれ」
「了解です!」
葵はすぐに走り去った。
その足取りは、以前よりも強くしなやかだった。
(成長したな……
もう“護られる側”ではなく、
“支える側”へ変わっている)
その変化は、朔夜自身にも影響を与えていた。
指揮官としての責務。
兄としての願い。
その二つが、胸の奥でせめぎ合う。
(夕凪……
俺がストラタへ向かう理由はひとつ。
これ以上、誰にも“お前の未来”を奪わせないためだ)
だが。
今の帝国は“勝手に膨張する蒼揺れ”へ押しつぶされかけている。
夕凪を守らなければならないはずの帝国が、
逆に夕凪を守る余裕すらなくし始めている。
その焦燥が、朔夜の心をわずかに苛んだ。
そこへ、燈子が歩み寄る。
「朔夜様。
ストラタから……再び“光の反応”がありました」
「再び……?」
燈子は大陸地図を広げた。
「ストラタ中央遺跡の光柱が一時的に拡大し、
その際に“天城家特有の血脈波長”を探索した形跡があります」
朔夜の胸が強く鳴った。
「……つまり、俺を“再指定”したということか?」
「それだけではありません」
燈子の表情が真剣になる。
「“夕凪様”の波長も、同時に探索されています」
朔夜の手が止まった。
夕凪は今、静養している。
意識はまだ完全に戻らない。
なのにストラタの封印陣は、
彼女の“鍵の波長”を捉えようとしている。
(狙いは……夕凪か?
それとも……俺と夕凪の“組み合わせ”なのか?)
燈子が静かに言った。
「帝国としては……
夕凪様の同行は避けられるべきです」
「当然だ。
連れて行くつもりはない」
だが燈子は、どこか歯切れ悪く続けた。
「……ただ、問題があります」
「なんだ?」
燈子は指先で地図をなぞった。
「帝都外周の蒼揺れ……
“夕凪様の共鳴核と反応を共有”しています」
「……夕凪の状態が、帝都の揺れに影響していると?」
「ええ。
もし夕凪様が完全に覚醒すれば、
“蒼揺れが帝国全土に拡散する”可能性がある」
朔夜の心に重い衝撃が走った。
(夕凪……
お前は今も大陸に“響いている”のか……)
夕凪を救うための進軍が、
皮肉にも「夕凪を大陸規模の危機の中心」へ近づけている。
矛盾が朔夜の胸を刺した。
そこへ、別の報告が届く。
「朔夜将補!
第七蒸兵団が出発準備完了しました!
全隊、命令を待っています!」
朔夜は天を仰いだ。
蒼い薄雲がかかった空。
帝都の空は、以前の静けさを完全に失っていた。
朔夜は深く息を吸い、
前へ踏み出す。
「――天城朔夜、ストラタ遠征軍の指揮を執る。
目的は二つ。
一、蒼揺れの原因を突き止め、
大陸の崩壊を防ぐこと。
二、天城夕凪を“再び鍵として扱わせない”こと。
桜花帝国の未来のため、出陣する!」
兵たちが一斉に武具を掲げた。
蒸気の白煙が空へ舞い上がる。
燈子が静かに問いかける。
「朔夜様……
怖くはありませんか?」
朔夜は迷いのない目で答えた。
「怖いさ。
だが、恐怖より強い願いがある」
燈子が微笑む。
「……夕凪様のため、ですね」
朔夜は頷き、前を見据えた。
「行く。
たとえ扉の奥に何がいようと、
俺はこの手で変えてみせる」
蒼揺れが帝都を揺らす中、
桜花帝国の遠征軍は静かに動き始めた。
その行軍は、
大陸の未来を左右する“最初の一歩”となる。




