第三話 軍学校の影と光
黒く焦げた故郷を背にして三日後、
朔夜は帝都の軍学校へ入校することになった。
桜花帝国の首都――蒸都・桜花宮。
巨大な蒸気塔から立ち上る白煙が、空へ向かって流れている。
和建築と蒸機装置が混ざり合う街並みは、美しくも異質だった。
「ここが……帝国軍学校……」
朱の門に“桜花軍学寮”と刻まれた木札。
その奥では、槍、機巧刀、符術、魔導機械……
多種多様な訓練が行われていた。
朔夜の胸には、緊張と覚悟が入り混じっていた。
(強くならなきゃ。夕凪を助けるためにも……)
そんな朔夜を迎えたのは――。
「おーい、新顔! お前が噂の“蒸気の霧の奇跡”か?」
豪快な声が響いた。
声の主は、筋骨隆々の青年。
名は 東雲 隼人。
槍の名手で、軍学校の同期生だ。
「……奇跡なんて、大げさだよ。偶然だ」
朔夜が苦笑すると、隼人は肩を叩く。
「まあいいさ。戦場で巨兵を倒すなんて、普通はできねぇ。
俺はお前を歓迎するぜ、朔夜!」
豪快で気持ちのいい男だった。
朔夜は、ふっと心が軽くなるのを感じた。
しかし、その一方で冷たい視線も向けられていた。
「……あれが噂の新人か。
戦場で一度当てただけで調子に乗られては困る」
薄い笑みを浮かべながら近づいてきた青年がいた。
鋭い目つき。痩身。冷静さが滲む。
名は 霧島 彩斗。
学寮一の成績優秀者で、将来の参謀候補と目されている人物。
「戦場は数字じゃ語れない。だが運で勝った者は本物ではない」
「……僕は、運じゃない」
朔夜が言い返すと、彩斗は鼻で笑った。
「なら証明してみせろ。戦術は“結果”がすべてだ」
火花が散った。
この二人の関係は、後に重要な意味を持つことになる。
入校から一週間。
朔夜は訓練のすべてに真剣に臨んだ。
武術、地形学、魔導の基礎、兵器整備、部隊運用――
そのどれもが難しい。
だが、朔夜は驚くほど速いスピードで飲み込んでいった。
特に“戦術図解”では異常な才能を発揮した。
訓練教官が出した課題。
「三倍の敵兵力を持つ黒鋼部隊を、犠牲最小で撃退せよ」
通常、訓練生は一時間以上かけて図を書く。
だが朔夜は、ほんの数分で手を動かし始めた。
──地形のくぼみ、風向き、魔導機の限界稼働時間。
──陸蒸気兵の特性。
──霧が発生しやすい時間帯。
──弓師団と符術隊の連携位置。
すべてが頭の中で一つに繋がり、
紙面に戦略が浮かび上がる。
「……終わりました」
その瞬間、教官の目が大きく見開かれた。
「なに? まだ開始三分も経っていないぞ……!?」
朔夜の戦略は、正確かつ最小犠牲の布陣。
彩斗でさえ、少しだけ目を見張った。
隼人は素直に感嘆した。
「朔夜、お前……天才じゃねぇか!」
朔夜は苦笑しながら手を押さえる。
(……天才なんかじゃない。
ただ、戦場が“見える”だけだ)
戦場が、まるで自分の体の一部のように映る。
その感覚が、良いことなのか悪いことなのか――
朔夜にはわからなかった。
訓練が一段落した夕刻。
桜花の空は橙に染まり、蒸気塔が光を反射する。
朔夜はひとり、屋上で故郷の方向を眺めていた。
「夕凪……必ず見つける。待っててくれ」
風が吹いた。
その風に紛れて、一人の影が背後に立つ。
「お前の噂は、既に上に届いている。
……朔夜、近いうちに“命令”が下るだろう」
静かな声。
振り向くと、槍月尚玄が立っていた。
「命令……?」
「帝国は今、劣勢だ。黒鋼は新型の陸蒸気兵を前線に投入している。
近く大規模な戦が起こる。
その作戦に、お前が“必要”なのだ」
朔夜は息を呑んだ。
尚玄の言葉は重く、そして現実だった。
「お前は、ただの新米ではない。
戦場を視る眼を持つ者……
天城朔夜、お前は“知将”の器だ」
その言葉に、胸が震えた。
復讐のためでも、妹を取り戻すためでも、
今はただ――戦うべき時だと感じた。
「……覚悟は、できています」
尚玄はうなずいた。
「では準備しておけ。
お前は近く、前線へ戻ることになる」
夕暮れの中、蒸気塔が重く鳴動した。
朔夜の成長と覚悟の影で、
帝国と黒鋼の戦いは、もう後戻りできない地点へ向かっていた。
そして朔夜の知らぬ場所で――
幼馴染・刃向蓮が、黒鋼の軍服をまとい、
新たな巨兵の前で静かに誓いを立てていた。
「……朔夜。
お前の“妹”は、必ず俺が役に立てる。
そのために――裏切ったんだ」
二人の道は、もはや交わらない。
しかし戦場では、必ずぶつかる運命にあった。




