(桜花帝国編) 『蒼風、帝都を渡る』
蒼い風が吹いていた。
あの扉崩壊の夜から一週間。
桜花帝国の空は、毎朝どこか蒼色を帯びるようになった。
人々は“吉兆”と囁き、陰陽庁は“前兆”と顔を曇らせる。
天城朔夜は城壁上の展望台から、
ゆっくりと明けてゆく帝都を眺めていた。
桜蒸塔は青白い脈動を繰り返し、
地脈と結界が微細な唸りを上げている。
(……世界が、変わり始めている)
夕凪の統合によって、扉の暴走は止まった。
だが、止まっただけだ。
“消えた”わけではない。
——その証拠に、世界は蒼く震えている。
背後から足音が近づいた。
「朔夜様、朝一番の“地脈観測報告”を」
朱雀院燈子が書類を差し出す。
その目はいつもの静けさを保ちながらも、
底にわずかな不安を宿していた。
朔夜が書類に目を通した。
帝都北部、地脈の“蒼揺れ”増加。
東方戦線でも地鳴りの報告。
さらに——
「……“中立国ストラタ”、蒼反応最大値……?」
燈子が低く応じる。
「はい。観測史上最大の数値です。
彼らは明確に“動いて”います。
ただ、その理由が……」
朔夜は書類を閉じ、蒼い空を見上げた。
夕凪のあの言葉が蘇る。
——『扉の奥には……誰かがいた』
誰か、なのか。
何か、なのか。
それすらわからない。
だが確かに“存在”は動いている。
臣下ではなく、兄としての直感が囁く。
(……夕凪は、まだ危険の中にいる)
燈子が口を開く。
「朔夜様。
もしこの蒼揺れが、夕凪様と関係しているのであれば……」
「——必ず、守る」
朔夜の声は、冷たく鋭い決意に満ちていた。
国家への忠義でも、参謀としての義務でもない。
ただの兄としての誓いだった。
蒼風が吹く。
その風は、これからの戦いが
前よりずっと大きな“何か”になることを告げていた。
桜花帝国は、まだ知らない。
——この蒼風が、大陸すべての運命を変えることを。




