第二部・エピローグ 『蒼風、静かに満ちて』
【1】桜花帝国・参謀本部——静寂の朝
扉心臓領域から帰還して数日。
帝都の空気は、どこか落ち着かない余裕と緊張をはらんでいた。
天城朔夜は、昇る朝日を見つめながら
水面のように静かに息を吐いた。
夕凪は眠っている。
影夕凪との統合は成功し、
彼女の心はこれまでよりも穏やかだ。
だが——
(扉。影。蒼の共鳴核……
“鍵”が完成したのではない……
あれは、むしろ“拒絶”だ)
世界はひとまず救われた。
だが扉は沈黙していない。
大陸のどこかで、まだ脈打っている。
そこへ、朱雀院燈子が静かに歩み寄る。
「朔夜様。
北部の地脈、わずかですが……
“蒼い揺らぎ”が続いています」
朔夜は目を細める。
「……やはり、終わってはいないな」
燈子は続けた。
「夕凪様は……お元気ですか?」
朔夜の口元がわずかに緩む。
「少し、強くなり過ぎたくらいだ。
だが……心の形が整った。
あいつは、また前に進むだろう」
燈子は静かに目を伏せた。
(それを支える覚悟は……私もできています)
帝都の風が吹く。
蒼い、柔らかい風だった。
【2】黒鋼連邦・深部施設——動き出す影
蓮は、影機関の医療区画で休む夕凪の傍らにいた。
夕凪はまだ深い眠りの中だが、
その表情はこれまでで最も穏やかだ。
「影ちゃんが……守ってるんだね」
蓮がそっと手を握ると、
夕凪の指が微かに動く。
真白が後ろから声をかけた。
「蓮……少し休んだほうがいいよ。
あなた、数日ほとんど寝てないんだから」
蓮は夕凪を見つめたまま答える。
「……こいつが起きるまで、ここを離れる気はない」
真白は小さく微笑む。
「……本当に、強くなったね。蓮」
蓮は照れくさそうに黙り込んだ。
だがその表情は、少年の頃の迷いではない。
戦いの中で覚悟を得た人間だけが持つ静けさが宿っていた。
そこへ、深部施設のモニターが揺れる。
——蒼い点滅。
真白が息を呑む。
「……扉の奥から……反応……?」
蓮の胸に、あの日の脈動が蘇る。
(“誰か”が……呼んでいる……
扉の奥には……まだ何かがいる)
それは恐怖ではなく、
覚悟を促す静かな声だった。
「……行かないとな。
夕凪の未来を守るために」
蓮の目に宿るのは、
もう“逃げる少年”の瞳ではなかった。
【3】中立国ストラタ——予言の風が動く
古代遺跡ストラタ。
霊廟に刻まれた壁画が、再び淡く輝き始めた。
神官長が震える声で呟く。
「……“蒼の再誕”…ついに……」
側近が急いで駆け寄る。
「まさか……扉が動きを取り戻したのですか?」
神官長は首を横に振る。
「いや。
扉は沈黙した。
だが……その奥の“何か”が目覚めた。
この世界の鍵は……
三つの魂の交わりにより、開かれようとしている」
側近が息を呑む。
「三つ……?」
神官長は目を閉じた。
「兄。
幼馴染。
そして……蒼の少女」
風が、蒼く揺れた。
——第三部への予言が静かに形を成し始めていた。
【4】そして、三人の“夢”の中で
その夜。
夕凪は眠りの中で不思議な光景を見る。
蒼い海。
静かに波打つ水の上に、
影夕凪が立っていた。
『夕凪……
わたし……ここにいるよ』
夕凪は微笑む。
「うん。
もう寂しくないよ、影ちゃん」
影夕凪はにこりと笑う。
だがその背後——
海の底から、巨大な“眼”のような気配が
じっと三人を見つめていた。
(……誰……?)
夕凪が声を発しようとした瞬間、
影夕凪が手を握り、首を振る。
『まだ……見るのは早いよ。
あれは……“第三部の敵”だから』
波が弾け、夢は消えた。
【5】蒼い風だけが、世界を包む
翌朝。
大陸全域に“蒼い風”が吹いた。
それは災いではなく、
少女の心が統合された証となる静かな風だった。
朔夜は帝都で。
蓮は黒鋼の施設で。
夕凪は眠るベッドの中で。
三人は同時に、
その風を感じた。
そして、それぞれの胸に
同じ言葉が浮かんだ。
——これは、まだ始まりにすぎない。
第二部・完。




