第24話(表) 『開門の刻 ― 兄は刃を抜き、影は哭き、鍵は震える』
光が砕け、
白い心層空間が一気に剥がれ落ちた。
朔夜は夕凪の手を強く握ったまま、
現実の“扉心臓領域”へと戻ってきた。
耳を突き刺すような振動。
視界を焼く蒼い輝き。
そして——
夕凪の“影”が、巨大な姿へと変貌していた。
「……あれが……影夕凪……」
朔夜の声はわずかに震えた。
影夕凪は、
もはや少女の形ではなかった。
蒼い結晶の羽根を広げ、
瞳は光の奔流に染まり、
その全身が“本物の夕凪”の痛みを取り込みながら膨らんでいく。
その足元で、蓮が苦しげに立ち上がっていた。
真白が傍にいて、蓮の肩を支えている。
「蓮!!」
朔夜は叫んだ。
蓮はかすかな笑みを浮かべる。
「朔夜……
無事で……よかった……」
その声は弱い。
蓮は“選択”の光を浴び続け、
精神も肉体も限界に近かった。
だが——
影夕凪は別の反応を示した。
大きく、美しく、しかし絶望的な声で叫ぶ。
「蓮くん……!!
朔夜さんを見ないで!!
私だけを……見て……!!
蓮くんは……私を選ぶって……
言ってくれたよね……!!?」
蓮は苦しそうに首を振る。
「……言ってない……
俺が助けたいのは……
夕凪本人だ……
“お前”じゃない……!」
影夕凪の全身が震えた。
砕かれたような叫びが漏れる。
「どうして……
どうして……!!
私は夕凪の痛みなのに……
夕凪の“本心”なのに……!!
どうして認めてくれないの……!」
夕凪自身が朔夜の腕の中で震える。
「影ちゃん……
もう、いいの……
あなたは……わたしの涙……
ありがとう……
でも、もう一人で泣かなくて……いいの……」
その優しい声が、
影夕凪の胸を刺し貫いた。
影夕凪は絶叫する。
「いやぁぁああああああ!!
夕凪なんて……嫌い……!!
私は……“夕凪になりたい”の!!
蓮くんに選んでほしい!!
朔夜さんに否定されたくない!!
世界に必要とされたい!!
私は……私は……“本物”になりたかった!!!!」
扉心臓領域が激しく揺れた。
巨大な蒼い羽根が空間を切り裂き、
夕凪本人の身体が朔夜の腕からさらわれそうになる。
朔夜は強く夕凪を抱きしめた。
「離さない!
夕凪は、俺が守る!!」
影夕凪が狂気じみた声で笑った。
「守る……?
朔夜さんはずっと“守れなかった”じゃない!
夕凪が泣いても、気づきもしなかったくせに!!
兄失格!!
そのくせ……今さら取り戻すなんて……
虫が良すぎる……!!」
朔夜の胸に刺さるような言葉だったが——
彼は目をそらさなかった。
「確かに、俺は失格だった。
夕凪を孤独にした。
涙にも寂しさにも……気づけなかった。
だが——
二度と間違えない。
夕凪は俺の妹だ。
俺が守る」
影夕凪が震えた。
「……どうして……
そんな言い方をするの……?
夕凪が……どれだけ……
“お兄ちゃんの重荷になりたくなかったか”……
知らないくせに……!」
朔夜は静かに答えた。
「知っている。
だからこそ……
守りたいんだ」
夕凪が涙をこぼし、朔夜の胸に顔を埋めた。
「お兄ちゃん……
ごめんなさい……
わたし……弱くて……
泣き虫で……
影ちゃんに頼ってばっかりで……」
朔夜は優しく少女の背を撫でる。
「弱さは罪じゃない。
泣くことも間違いじゃない。
夕凪……
お前は、ちゃんと“助けて”と言っていいんだ」
影夕凪は耳を塞いで叫ぶ。
「やめて!!
そんな優しさ……
偽物……!!
今さら優しくされても……遅い!!
私は……夕凪の痛みのすべて……
消えるわけには……いかない!!」
扉の上空で巨大な結晶が砕け、蒼い光が奔流のように降り注ぐ。
真白が蓮の前に立った。
「蓮……
もう迷う時間はない……
夕凪ちゃんは、どんどん扉に飲まれてる……
影がこれ以上強くなったら……
夕凪ちゃんも……この世界も、終わる……!」
蓮は朔夜と夕凪を見て、
その視線を真白に移した。
そして——影夕凪を見る。
すべてが、蓮の中で交錯した。
影夕凪は手を伸ばす。
「蓮くん……
お願い……
“私”を……見て……!!!」
夕凪は泣きながら蓮に叫ぶ。
「蓮くん……
わたし……こわい……
たすけて……!!」
朔夜は鋭い声で蓮に命じる。
「蓮!!
夕凪を助けろ!!
お前の手で!!」
真白は蓮の背中を押しながら叫ぶ。
「蓮!!!
あなたなら……できる!!」
影夕凪、夕凪本人、朔夜、真白。
四人の声が重なった瞬間——
扉の心臓が、新たな形に変貌した。
それは——
巨大で複雑な“選択の門”だった。
蒼い光が蓮を照らす。
扉は告げる。
《選べ。蓮。》
影を救うか。
本物を救うか。
どちらも救う道を探すか。
それすら選ばず、すべてを壊すか。
夕凪の運命を決める“最終門”が、
いま開いた。
第二部、最終決戦へ。




