第二話 故郷の焼け跡
戦が終わると、蒸気は嘘のように消える。
だが剣の音も叫び声も、耳の奥にこびりついて離れなかった。
朔夜は、戦場の片付けを終えた後、上官の許可を得て故郷へ向かった。
初陣から三日目。
蒸気の匂いが薄れても、胸の奥に重く沈む痛みだけは消えない。
山道を歩きながら、朔夜は何度も深呼吸した。
風は冷たく、懐かしいはずの木々の匂いも、今は違って感じる。
(……帰りたくなかった。けど、見なきゃいけない)
帝国から派遣された見回りの兵が言った言葉が頭に残っている。
「天城村は……燃えた。生き残りはいなかった、と」
その言葉が胸に刺さったまま、朔夜は歩を進めた。
村の入口にたどり着く。
そこに広がっていたのは、見慣れた畑でも家々でもなかった。
黒い焦土。
焼け落ちた家。
ねじ曲がった鉄屑。
そして、蒸気を動力とする兵器が通った跡。
まるで、大地そのものが泣き叫んだような光景だった。
足が止まった。
何度も息を吸っても、肺が満たされない。
胸の奥から何かがせり上がってくる。
「父さん……母さん……」
誰も答えなかった。
焦げついた土の上に、朔夜は静かに膝をついた。
拳を握りしめ、爪が掌に食い込む。
(俺が……守れなかった)
自分を責める感情が押し寄せる。
戦場で見えた“才能”など、何の意味もなかった。
風が吹き、灰が舞う。
その灰の向こう――ある場所に、朔夜は小さな足跡を見つけた。
「……夕凪?」
焦土に残る、小さな足跡。
足跡の横には、朔夜が幼い頃に夕凪へ贈った布人形の残骸。
胸が刺された。
(生きていた……いや、“連れて行かれた”んだ)
夕凪は死んでいない。
確信が胸に灯った。
その灯りは、同時に激しい憎悪となって噴き上がる。
「黒鋼……!」
喉が焼けるような声が出た。
拳を握りしめたまま、朔夜は立ち上がる。
その時だった。
「帰ってきておると思ったよ。朔夜」
低く、穏やかな声が背後から聞こえた。
振り向くと――
そこには、村の長老だった**刃向 宗六**が立っていた。
焼け落ちた村の中で、なぜか彼だけが煤一つついていない。
その違和感は、胸の奥に冷たいものを落とす。
「……宗六さん。どうして……? 避難していたんですか?」
老人は微笑んだ。
いつもの、優しい村の長の表情。
「わしは運が良かっただけじゃよ。
黒鋼が去ったあと、隠れておった場所から出てきたのじゃ」
朔夜は少しだけ胸を撫でおろした――が。
宗六の目が、霧の奥に潜む獣のように静かに光ったのを、
その時の朔夜は気づけなかった。
宗六はゆっくりと朔夜へ歩み寄り、
焦土を見渡しながら低く告げた。
「……朔夜。
お前は、まだ気づいておらんのじゃろう?
この村が狙われた理由に」
心臓が跳ねる。
「理由……?」
老人は、朔夜の目を見つめた。
その瞳は恐ろしく深く、何もかもを見通すようだった。
「お前の妹――夕凪は、“特別”なのじゃよ」
「……どういう意味ですか?」
宗六は答えない。
ただ、焼け落ちた村の中心へ視線を向ける。
「遠からず、お前にも分かる。
夕凪が“鍵”となる意味をな……」
風が吹き、灰が舞った。
宗六の着物がはためく。
不自然なほど焼け跡がつかないその衣が、異様に見えた。
老人は背を向け、静かに歩き去る。
その背中の向こうで、朔夜の心に新たな“影”が落ちた。
(宗六さん……何か、知ってる……?
いや、それだけじゃない……)
胸に渦巻く不安を押し殺し、朔夜は焦土の中央に立った。
「……夕凪。必ず、俺が連れ戻す。
どんな敵でも、どんな闇でも――」
その声は、燃え尽きた故郷へ静かに吸い込まれていく。
空には、雷雲が音もなく広がり始めていた。
戦火の影は、朔夜の足元に深く落ちていく。




