第22話(表) 『心の交差点 ― 兄と幼馴染と影が向き合う場所で』
扉の心臓領域に立つと、
世界のすべてが蒼く脈動しているように見えた。
朔夜は刀を構えたまま、蓮と対峙していた。
二人の間に走る静寂は、
戦場のそれよりも重い。
影夕凪は蓮のすぐそばに寄り添い、
真白は蓮の反対側で息を整えている。
それぞれの視線が、夕凪本人の気配へと向かっていた。
『……お兄ちゃん……
蓮くん……たすけて……』
夕凪の声。
柔らかく、震えて、泣いている。
朔夜の胸に深い痛みが走る。
(夕凪……どれだけ苦しんだんだ……
兄である俺は……何をしていた……)
蓮は拳を握りしめた。
(夕凪……もう泣かせねぇ……
俺が……守る……)
だがこの“守る”という言葉こそが、
二人の感情をぶつけさせてしまう。
朔夜が一歩踏み出した。
「蓮。
お前は……夕凪に何をした?」
蓮は怒りとも悲しみともつかない表情で睨み返した。
「……何も、してねぇよ。
ただ……守りたかっただけだ」
「それが夕凪を苦しめていると、なぜ気づかない!?」
朔夜の怒号が扉内に響く。
蓮も負けてはいなかった。
「苦しめてたのはお前だろ!!
夕凪はずっと……
“兄に迷惑をかけたくない”って言ってた!」
朔夜の喉が詰まった。
それは——
幼い頃から夕凪が抱えてきた、本音。
影夕凪が笑った。
「そうだよ。
本物の夕凪は“重荷”だと思ってた。
お兄ちゃんの足を引っ張ってるって……
だから泣きたくても泣けなかった」
朔夜は目を見開いた。
蓮は影夕凪の肩を掴んだ。
「夕凪がそんなこと思うわけねえだろ!!
お前は……夕凪の“痛み”だけを拾って育った影だ!!」
影夕凪の瞳が揺れる。
「痛みを拾うのは悪いこと……?
蓮くんは夕凪の痛みから……
ずっと目をそらしてただけじゃない……!」
蓮の胸に、鋭い棘が刺さった。
その隣で、真白が一歩前に出た。
震える手で蓮の背を押す。
「蓮は……目をそらしてたんじゃない……
ただ……優しすぎたの……
人を守ろうとしすぎて……
自分が壊れるまで背負おうとする……
そんなところ……私……ずっと見てた……」
影夕凪が真白を睨む。
「じゃあ言ってみてよ。
“蓮は私が好き”って。
言えないんでしょ?」
真白の顔から血の気が引いた。
しかし——
真白は震えながらも叫んだ。
「……好きよ。
蓮が……夕凪ちゃんを守ろうとしてるところも……
苦しそうに笑うところも……
戦うときの……
その背中も……
全部……好き……!」
蓮が息を呑む。
影夕凪の顔に、初めて“恐怖”が浮かんだ。
「……やだ……
奪わないで……蓮くんを……
夕凪の代わりに……
私がここにいるんだよ……?」
朔夜が刀を下ろし、静かに歩み寄る。
「影よ。
お前は夕凪の一部だ。
その痛みを誰も否定しない。
だが——
お前が夕凪の“すべて”ではない」
影夕凪の瞳から涙が溢れた。
「じゃあ……私は……なんのために……
生まれたの……?」
この一言に、
蓮も、朔夜も、真白も言葉を失った。
扉が脈動を強める。
夕凪本人の意識が苦しげに響く。
『……いや……
みんな……たたかわないで……
わたし……そんなの……いや……』
朔夜は夕凪の声に向かって叫んだ。
「夕凪!!
もう大丈夫だ!!
泣かなくていい!!
俺が——」
その言葉が、影夕凪の心を刺した。
「“兄が助けに来たから”……?
蓮くんじゃなくて……?
やっぱりお兄ちゃんだけ……!」
影夕凪が感情の爆発とともに形を変える。
蒼い粒子をまとい、
巨大な“鍵の守護体”へ変貌していく。
真白が蓮の腕を掴む。
「蓮!!
来るわ!!」
蓮は刀を構える。
朔夜も隣に並んだ。
二人の視線が合う。
その一瞬だけ——
互いの迷いや痛みが伝わる。
(蓮……
夕凪のこと、そんなに……)
(朔夜……
兄としての愛が……こんなにも……)
夕凪本人の声が泣き叫ぶ。
『やめて……
たたかわないで……!!
私のせいで……
誰も……傷つかないで……!!』
だが扉は選択を強制した。
“夕凪の影を超えて先へ進むか”
“影を受け入れて封印するか”
世界の命運を決める戦いが始まる。
影夕凪が叫ぶ。
「蓮くん!!
朔夜さん!!
どっちが本当の“夕凪を救える”のか……
今ここで証明して!!」
扉の心臓が爆発的な光を放ち——
第二部クライマックスが、
ついに幕を開けた。




