第21話(表) 『心臓領域・兄の叫び』
蒼い光が荒野を裂き、
視界が白に包まれた——
次の瞬間、朔夜は“何もない世界”に立っていた。
音もなく、風もない。
上下の区別すら曖昧で、ただ蒼い膜が脈動を繰り返している。
(……ここが、扉の内側……)
朔夜は手を握る。
指先がしびれるほどの圧力。
まるで空間そのものが意志を持っているようだった。
そのとき——
『——お兄ちゃん……』
夕凪の声が、確かに聞こえた。
朔夜の胸が締めつけられる。
「夕凪!!
どこだ……返事をしろ!!」
声は震え、深い場所から返ってくる。
『こわい……
お兄ちゃん……たすけて……』
その声に導かれるように、
朔夜は前方の蒼い階段を駆け上がった。
走るたび、
夕凪の痛みが胸に突き刺さる。
(夕凪……今行く。絶対に行く……!)
しかしその途中、
耳の奥に別の声が入り込む。
『……朔夜……来るな……!』
蓮の声。
「蓮……!?
お前、どこにいる!!」
蓮の声は混線し、苦しげだった。
『影が……暴れてる……
夕凪……泣いてる……
でも俺は……選べない……!!』
朔夜は息を呑む。
蓮は夕凪を助けるために扉へ来た。
その気持ちを朔夜も知っている。
しかし——
蓮の声は明らかに“壊れかけ”ていた。
(蓮……お前……どうしてそこまで……)
胸に複雑な感情が渦巻いた瞬間、
蒼い膜が大きく裂けた。
そこに現れたのは——
大量の“影”。
すべて、夕凪の姿をしていた。
朔夜は身構える。
「……これが……夕凪の……?」
影の一体が朔夜を見つめた。
『お兄ちゃん……どうして……
助けてくれなかったの……?』
その声は、まぎれもなく夕凪のものだった。
朔夜は喉が締まるような痛みを覚えた。
「違う……夕凪、それは……!」
影は微笑むと、
まるで幼い頃の夕凪のような声で囁く。
『私はね……ずっと……
“気づいてほしかった”んだよ……?』
朔夜は震える拳を握った。
「気づいていた……!
気づいていたんだ!!
だけど俺は……
俺は力が足りなかった……!!
だから必ず取り戻すと決めた……!!」
その叫びに、影たちがうねる。
まるで朔夜の感情に共鳴するように。
『お兄ちゃん……苦しい……
たすけて……』
『蓮くんが……泣いてるよ……』
『わたし……どっちも失うの……?』
無数の夕凪の声。
その全てが、朔夜の心を切り裂いた。
(夕凪……お前……どれだけ……苦しんで……)
朔夜は歩みを進める。
「泣くな……
夕凪。
お兄ちゃんが迎えに来た」
影たちの中心が光った。
蒼い光の奥——
朔夜は“本物の夕凪の気配”を感じとった。
しかし同時に、
“異質な波動”が近づいてくる。
まるで、朔夜を拒むような。
影夕凪の声だ。
『来ないで……朔夜さん……
蓮くんは……“私が”守るの……!』
朔夜の目が鋭く光る。
「お前か……
蓮を苦しめているのは……!」
影夕凪は、夕凪そっくりの泣き顔で告げた。
『朔夜さんは……夕凪を一番にする。
蓮くんは……それを止める。
だったら……私は蓮くんの“夕凪”になる……!』
朔夜は刀に手をかける。
「影よ……
夕凪を……蓮を……惑わすな……!!
俺はお前を——斬る!!」
影夕凪が悲鳴を上げ、
扉全体が震えた。
夕凪の声が混じる。
『お兄ちゃん……やめて……!
その子……わたしの……“心の影”なの……!!』
朔夜は一瞬、動きを止めた。
影夕凪が涙を流す。
『ねぇ……朔夜さん……
夕凪はもう……壊れちゃうよ……?
蓮くんも……壊れちゃう……
あなたは……どうするの……?』
朔夜は、刀を握る手に力を込めた。
「選択なんて……間違ってる。
夕凪も……蓮も……
“誰も”壊させない!!」
影夕凪の瞳が揺れる。
『そんなの……できるわけ……ない……!』
「できる。
俺が兄だからだ」
叫んだ瞬間、
扉の中心が強烈な光を放った。
蒼・紅・白。
三色の光が渦を巻き、
朔夜の身体を飲み込む。
視界が切り替わる。
朔夜は——
蓮と夕凪の“心の渦”へと落ちていった。
ここから先は、
三人の魂が直接ぶつかる領域。
第二部クライマックスが、
いま始まる。




