第20話(表) 『三国の影、扉前に集う』
扉前線の荒野は、昼夜の境界を失っていた。
蒼い光柱が空を焼き、風は常に震動している。
世界の“心臓”が露わになったような光景だった。
朔夜は荒れた地面を踏みしめ、光柱の中枢へ近づいていく。
夕凪の声が、今はもうはっきり聞こえる。
『……お兄ちゃん……
こわいよ……こわい……』
(夕凪……必ず行く)
心が焦げるような痛みの中、
朔夜の目に、見慣れた姿が飛び込んだ。
「——朔夜様!」
朱雀院燈子が駆け寄る。
その瞳は、喜びと怒りと不安が混ざり合っていた。
「あなた、どうして勝手に……!
危険だと……散々伝えたのに……!」
朔夜は静かに言った。
「ここに来るしかなかった。
夕凪が呼んでいる」
その言葉に、燈子の表情が痛むほど揺れた。
「……やっぱり夕凪様……なんですね。
私では、届かない……」
朔夜:「燈子、それは違う——」
「違いません!」
燈子は叫ぶように言った。
「私はずっとあなたの隣で戦ってきた。
あなたを信じ、あなたの判断を支えてきた。
なのに……!」
燈子は胸元を押さえ、喉を震わせた。
「どうして……私は、声をかけてもらえないのですか……
どうして……私じゃ……だめなんですか……?」
朔夜は、答えられなかった。
その答えは残酷すぎる。
燈子は涙を堪えながら続けた。
「……私だって、あなたと一緒に戦いたい。
でもあなたは夕凪様ばかり……
そんなの……!」
が、言葉は風に消された。
白金の光が上空から降り注ぎ、
その中心に十数名の兵が静かに降り立つ。
ストラタ神殿軍。
その最前に立つ少女——
巫女守人・リシア。
翡翠色の瞳が、朔夜と燈子を一瞥する。
「桜花帝国の皆様。
ここから先は、ストラタ神殿の“領域”となります。
一歩も——通しません」
燈子が剣を握る。
「この地は桜花の前線だ。
勝手な宣言は許さない!」
リシアは首を振る。
「許しは求めていません。
これは“神託”です」
神殿兵たちが宝珠を掲げ、
扉の光柱がうねるように反応した。
朔夜はリシアを見据える。
「リシア殿。
ストラタは夕凪を……何に使うつもりだ?」
リシアの表情は変わらない。
「扉を、再び“眠らせる”ためです。
そのためには、夕凪様を……」
燈子:「封印する気ですね!」
「はい。
それしか方法がありません」
燈子は前に出た。
「夕凪様は桜花の民だ!
あなたたちの犠牲にするなど——!」
「犠牲ではありません」
リシアは淡々と答える。
「“世界を救うための必要な措置”です」
朔夜の胸で何かが切れる。
「……夕凪は、渡さない」
リシアは静かに息を吸った。
「——ならば、天城朔夜。
あなたは“世界”の敵となります」
燈子:「やめろ!
朔夜様を巻き込むな!!」
リシアは首を振る。
「あなたたちがどう言おうと、
夕凪様の力は放置できません。
扉は既に“完全覚醒”の段階に入りました」
光柱が激しく振動し、
空気が震えた。
その振動の中、
リシアは淡い声で呟く。
「そして……もう一人。
“鍵”に触れつつある者が、扉内へ侵入しました」
朔夜の瞳が揺れる。
「……蓮……!」
その名を呼んだ瞬間、
夕凪の声が朔夜に重なる。
『お兄ちゃん……蓮くんが……きてる……
こわいよ……たすけて……』
燈子が朔夜の腕を掴んだ。
「朔夜様……!
これ以上行けば、本当に戻れなくなります!」
朔夜は燈子の手を握り返した。
「燈子……ありがとう。
でも俺は、行く」
燈子の目から涙がこぼれる。
「……どうして……
どうして私は……止められない……!」
朔夜は微笑んだ。
「お前が……優しすぎるからだ」
燈子は息を呑む。
その隙に、
朔夜は蒼い光の裂け目に向かって走り出した。
燈子:「朔夜様!!」
リシア:「通しません!」
ストラタ兵たちが宝珠を構え、
光の結界を展開する。
しかし——
扉が叫んだ。
蒼く、赤く、光が入り乱れ、
全てを飲み込むような閃光が走る。
朔夜はその中心へ飛び込んだ。
「夕凪——必ず助ける!!」
荒野に響いた叫びを最後に、
朔夜の姿は光に消えた。
燈子はその場に崩れ落ちた。
「……行っちゃった……
私……また何も……できなかった……」
リシアはただ静かに、
扉の奥へ進む朔夜の気配を見届けていた。
「すべては“扉”の意志……
世界は選び直される」
扉は震える。
——三人がついに、同じ“中心”へ向かっている。




