第18話(表) 『参謀外し/扉戦線へ向かう影』
桜花帝国・参謀本部は、
ここ数年で最も混乱していた。
天城朔夜が参謀職を一時的に外され、
その代理として朱雀院燈子が指揮権の一部を任された。
「燈子少尉、扉方面の偵察部隊、整いました!」
「蒸気装甲隊、いつでも出撃可能です!」
兵たちの声が飛び交う中、
燈子は地図の前で静かに目を閉じた。
——朔夜様の影響力は強い。
——でも、彼が迷っている間に国は崩れる。
燈子は深く息を吸い、参謀としての覚悟を固めた。
「扉前線へ向かう。
桜花の未来は、私たちが掴む」
力強い宣誓だったが、
胸の奥には重い痛みがあった。
(……朔夜様。
どうして、私を信じてくれなかったのですか……?)
その痛みをごまかすように、
燈子は軍装を整えた。
◆
一方その頃、朔夜は参謀本部の外で空を見上げていた。
参謀職を外されたからといって何もしないつもりはなかった。
むしろ、自由になった今こそ動ける。
『……お兄ちゃん……』
夕凪の声が、また聞こえた。
「夕凪……どこだ……?
どこにいるんだ……」
蒼い光は、東の空——扉の方向へと伸びている。
そこへ、参謀本部の若い兵が駆け寄った。
「天城参謀!……いえ、元参謀殿。
あなたに……渡すよう命じられた資料があります」
「資料……?」
兵が差し出したのは、
燈子の手書きの作戦案だった。
——桜花反攻第七号
——指揮官:朱雀院燈子
その端に、小さく走り書きがあった。
《あなたが迷うなら、私が進む。
でも……本当に行くべき場所は、きっと別にあるはず》
朔夜は目を細める。
(燈子……お前は……)
夕凪の声がさらに強くなった。
『いや……怖い……
お兄ちゃん……』
その悲鳴に近い声で——
朔夜の迷いは完全に吹き飛んだ。
「……俺が行くしかない」
朔夜は武具庫へ向かい、
自らの蒼桜式軍衣を取り出した。
それは参謀の象徴でもあり、
戦場に立つ覚悟そのものでもあった。
朔夜は鎧を身に着け、刀を手に取る。
「燈子……
先に行くお前を、危険な目には合わせない」
夕凪。
蓮。
そして燈子。
全員の声が、朔夜を扉へ誘っていた。
◆
その頃——扉前線。
朱雀院燈子は前線高台から蒼い光柱を見つめていた。
あまりの巨大さに、
兵たちがざわめく。
「これが……扉……?」
「空まで届いているぞ!」
燈子は視線を鋭くし、
部隊に指示を飛ばした。
「各隊、陣を敷け!
黒鋼もストラタも近づく。
誰が最初に来てもおかしくない!」
彼女は強かった。
だが——その背で、誰も気づかない震えがあった。
(……朔夜様。
本当に……来てくれないのですか……?)
その時だった。
蒼い光柱が一際大きくうねり、
世界全体が低い音を響かせた。
兵の一人が叫ぶ。
「か、風が……!
扉から吹き出してる……!」
燈子の瞳が揺れた。
「これは……結界の崩壊……?」
蒼光の中から、声が聞こえた。
『……お兄……ちゃ……』
夕凪の声。
しかし燈子の耳にも届いてしまった。
「夕凪様……?
朔夜様の……妹……?」
燈子は息を呑む。
夕凪が何かに呼ばれている。
そして朔夜は——
その声に応えようとしている。
(……朔夜様。
あなたが守りたいのは……)
胸が締め付けられた。
だが、その感情を押し込めるようにして、
燈子は再び剣を握った。
「朱雀院隊、前へ!
扉へ向かう道を切り開く!
帝国の未来は、私たちが守る!」
その声は、揺るぎなかった。
蒼い光柱が轟き、
扉の境界がついに崩れ始めた。
帝国・黒鋼・ストラタ・そして三人。
すべてが——扉へ向かう。
戦記は、いよいよ激流へ突入した。




