第17話(表) 『帝国反攻作戦・動議/燈子の独断』
桜花帝国・参謀本部は、戦時態勢に入っていた。
地脈の異常、ストラタ神殿軍の国境進軍、
そして黒鋼連邦内部の大規模揺動。
三国が同時に動き出している今、
桜花は“動かざるを得ない状況”に追い込まれていた。
しかし——。
「反攻作戦案、天城参謀の承認印が……またない?」
「朔夜殿、ここ数日ほとんど判断を下しておらぬぞ」
参謀たちがざわつく。
当然だ。
朔夜は悩んでいた。
夕凪の声が日に日に強くなる中、
国としての決断を下すことができなくなる時がある。
——どこへ向かえばいいのか。
——誰を守ればいいのか。
その迷いが、参謀本部を静かに蝕んでいた。
そんな中、
広間の扉が鋭く開いた。
朱雀院燈子が、堂々と歩み出た。
「……参謀殿の代理として、
私が“反攻作戦案第七号”を提出します!」
場が一斉にどよめく。
「燈子少尉!?
勝手に動く気か!」
「これは参謀殿の承認が……!」
燈子は卓上に地図を広げ、明確に指示した。
「目的は“ストラタ神殿軍の牽制”。
扉周辺部を桜花が押さえ、
黒鋼・ストラタの両方に対し、
“帝国の意志”を宣言します!」
その声には迷いも、怒りもなかった。
ただ冷静な戦略眼があった。
そして——朔夜への裏切りの痛みも。
朔夜はその光景を見て、胸が締め付けられた。
「……燈子。
勝手な真似は許されない」
燈子が振り返る。
その瞳は、先日とは明らかに違っていた。
「朔夜様。
あなたが動かないからです」
「っ……」
「この数日……
あなたが“誰かを守りすぎている”こと、
みんな気づいています」
強硬派の将軍が続ける。
「参謀殿、あなたは——
本当に“帝国”を見ているのか?」
朔夜の胸に重い痛みが走る。
燈子がゆっくり近づき、
小さく言った。
「……私だけには、言ってほしかった」
朔夜は言葉を失った。
この国を守りたい。
燈子も、夕凪も、みんなを守りたい。
だが……
誰かを選ぶことになるのが、怖かった。
その沈黙を、参謀本部は許さなかった。
「天城参謀。
しばらくの間、指揮から外れていただく」
——静寂。
朔夜は立ち上がり、深い息を吸った。
「……了解した」
燈子は目を伏せた。
その肩がわずかに震えていた。
朔夜が歩き去る背中に、
燈子は声を投げることができなかった。
◆
廊下を歩きながら、朔夜は壁に手をついた。
頭の奥で、声が響き始めていた。
『……お兄ちゃん……』
蒼い、悲しげな声。
『怖いよ……
助けて……』
朔夜:「夕凪……!」
世界が揺らいだ。
精神が“扉”へ引きずられそうになる。
どこか遠くで、誰かの声が重なる。
——蓮の声。
『朔夜……待ってろ。
俺も行く……!』
互いの精神が触れ合ったその瞬間、
朔夜は確信する。
——蓮が近づいている。
夕凪を救うために。
自分と再び向き合うために。
朔夜は息を吸い、立ち上がる。
「……行くしかない。
参謀を外されようが……
俺は、夕凪を取り戻す」
その瞬間、帝都の結界が揺れた。
燈子指揮の前線部隊が動き出したのだ。
三国が——
そして三人が、
同じ“扉”へと向かい始めていた。




