第16話(表) 『桜花反攻計画/揺れる帝国』
桜花帝国・参謀本部の大広間では、
かつてないほどの怒号が飛び交っていた。
蒼光の異変、黒鋼連邦の混乱、
そしてストラタの“奪取宣言”。
三国が同時に揺らぐこの状況に、
帝国の強硬派は興奮すら覚えていた。
「今こそ黒鋼を叩く好機だ!」
「ストラタが動く前に、扉周辺部を制圧すべし!」
「参謀・天城朔夜は判断が遅い!」
たった一夜のうちに、
朔夜は“帝国の冷静な頭脳”から
“足手まとい”へと扱われ始めていた。
その中心で、朔夜は黙って会議の内容を聞いていた。
——すべては、夕凪のためだ。
だがその本音を口にすることは許されない。
参謀としての面目を保つために、
朔夜は人前で感情を殺し続けた。
しかし、燈子はそれを見逃さなかった。
「朔夜様……。
あなたの判断が、この国の命運を左右するのですよ?」
燈子の声は、いつになく冷たかった。
朔夜:「わかっている」
燈子:「本当に、わかっているのですか?」
その静かな問いに、
会議室が一瞬だけ静まり返る。
燈子は会議の場にも関わらず、一歩前へ出た。
「蒼光の夜から、あなたは変だ。
報告書を改ざんし、
ストラタの警告も退け、
強硬派の意見にも乗らず……」
強硬派の将軍たちがざわめく。
燈子は朔夜だけを見つめていた。
怒りでも、疑いでもない。
もっと深いものだった。
「……朔夜様。
あなたは、一体何を守っているのですか?」
朔夜の胸に、その言葉は突き刺さる。
「国か。
民か。
それとも——誰かひとりのためか」
朔夜の表情が、わずかに揺れた。
参謀本部の重鎮たちがざわつき始める。
「燈子少尉! 無礼だぞ!」
「参謀殿に私情などあるものか!」
しかし燈子は下がらない。
「私情があるからこそ……
朔夜様は苦しんでいる。
私はずっと、それを見てきました」
朔夜は息を呑んだ。
それは、誰にも触れられたくなかった領域。
燈子は続ける。
「どこで夕凪様を匿っているのですか?」
会議室の空気が凍りついた。
しんと静まり返る中、
朔夜は——沈黙した。
燈子はその沈黙を、答えとして受け取った。
「……やはり」
その声には怒りはなかった。
ただ、痛みだけがあった。
「あなたは……私にだけ言わなかった。
私を信じてくれなかった。
それが……悔しいのです」
朔夜の胸が軋む。
燈子は深く息を吸い、参謀たちへ向き直った。
「——黒鋼が動きます。
扉周辺の防衛線を、桜花は即刻強化すべきです。
これは私の、参謀補佐としての進言です」
朔夜が口を開こうとすると、燈子が遮る。
「朔夜様が迷われているのなら……
私が動きます」
その決意は固かった。
朔夜の視線は燈子の横顔に吸い寄せられた。
そこには、かつて隣で戦略を組み上げた“相棒”の表情はなかった。
——燈子。
——お前まで、巻き込んでしまった。
燈子は参謀本部を出る前、朔夜へ小さく言葉を残す。
「……私はあなたの副官です。
でも、あなたが帝国を危険に晒すなら……
あなたでも止めます」
扉が閉まる。
朔夜は動けなかった。
参謀としての責務。
兄としての愛。
燈子の忠誠と痛み。
すべてが心を切り裂く。
そのとき——
『……お兄ちゃん……』
夕凪のかすかな声が、朔夜の頭を揺らした。
朔夜は拳を握る。
「……待っていろ、夕凪。
俺は、お前を失わない」
その瞬間、
帝都の結界が低く鳴動し、青い光が走った。
黒鋼が動いた。
ストラタも動いた。
桜花も動き始めた。
そして朔夜の心も、もう戻れなくなっていた。




