第15話(表) 『神殿の使い・再会の予兆』
蒼光の余波が収まらないまま、桜花帝国は戦場へ向かう準備を加速していた。
帝都の結界は青白く揺れ、桜蒸塔は異常な脈動を続け、
陰陽庁の術士たちは連日倒れながら作業を続けている。
参謀本部は、まさに戦の前夜だった。
——黒鋼連邦が動く。
——ストラタも動く。
——そして桜花も動かざるを得ない。
だが、その渦中で最も揺れていたのは、朔夜自身だった。
参謀としての責務と、
兄としての願い。
両方が突き刺さるたび、心が少しずつ削られる。
そこへ、燈子が駆け込んできた。
「朔夜様、黒鋼連邦の北端で地脈の断裂を確認!
桜花側にも揺らぎが及んでいます!」
「……扉に近い位置か」
「はい。
そして——中立国ストラタの神殿軍が、国境付近に集結しています」
朔夜の胸が跳ねた。
「リシアか……!」
「急ぎ、参謀会議を——」
燈子が言葉を切った瞬間、参謀本部の扉が強く叩かれた。
「天城朔夜殿。
——ストラタ神殿・巫女守人、リシア・ストラタ。
再び参上いたしました」
冷たい翡翠色の瞳が、扉越しでも分かるようだった。
◆
会議室。
朔夜、燈子、そしてリシア。
三者の緊張が、空気を切り裂いていた。
リシアは淡々と口を開く。
「扉の震動は加速しています。
夕凪様の精神が限界に近づいている証拠です」
朔夜は拳を握った。
「……夕凪を返せ、と?」
「はい。
今ならまだ、“封印”で済みます」
燈子が椅子を蹴り立ち上がる。
「封印……?
この国の民を、巫女を、そんな扱いにするつもりですか!」
「感情論は不要です。
扉が完全に開けば——大陸全土が死にます」
リシアは本当に淡々としていた。
その静けさが、逆に重かった。
朔夜は深く息を吸い、答えた。
「リシア殿。
夕凪は私の妹だ。
誰にも——渡すつもりはない」
リシアは一瞬だけ、悲しげな表情を見せた。
「……では、こうお伝えします。
ストラタは、夕凪様を“奪取”します。
黒鋼連邦が動くより前に、必ず」
燈子が剣に手をかけそうになる。
「あなた……それは宣戦布告と同じ——」
朔夜が手を伸ばし、燈子を制した。
「落ち着け、燈子」
しかし燈子の瞳は、リシアではなく朔夜を見ていた。
「……ねえ、朔夜様。
どうして、黙っていたんですか?」
朔夜は呼吸を止める。
「夕凪様が扉と“繋がっている”と知っていたんですよね。
だから報告を改ざんしたんですね」
朔夜は目を閉じた。
燈子の声は震えていない。
ただ静かに、真実を突きつけてくる。
「私はあなたを信じていました。
参謀としても、人としても。
でも……私だけ、置いていったのですね」
その言葉は、刃のようだった。
朔夜はすぐに答えられなかった。
燈子の表情が曇る。
それは怒りではなく、ただ悲しさだけだった。
リシアが静かに会話を断ち切る。
「時間がありません。
黒鋼連邦の影機関が“鍵”の奪取を開始します。
桜花が動かないのなら——ストラタが動きます」
朔夜の視線が鋭くなった。
「……ストラタが夕凪を奪うことはさせない」
リシアは、冷たい翡翠の瞳を朔夜に向けた。
「あなたが兄である前に——参謀ならば。
感情より、大陸の未来を優先すべきです」
燈子がそっと目を伏せる。
朔夜は答えなかった。
答えられなかった。
そしてリシアは深く礼をした。
「次に会う時、
私は“敵”として現れるでしょう」
扉が閉まる。
残されたのは
揺れる朔夜
疑う燈子
迫るストラタ
そして——
「桜花帝国は、このままでは沈む」
朔夜は、ようやくその事実を理解し始めていた。
◆
会議室を出た瞬間、朔夜の耳に届いた。
——“お兄ちゃん……”
夕凪のかすかな声。
朔夜は振り返った。
そこには、禍々しく震える蒼光の残像があった。
「……夕凪。待っていろ。
必ず迎えに行く」
朔夜の決意が、再び火を灯した。
しかしこの時、彼はまだ知らなかった。
——蓮もまた、彼のもとへ向かっていることを。




