第14話(表) 『ストラタの影・巫女守人来たる』
桜花帝国・参謀本部は、今日も張り詰めた空気のままだった。
蒼光事件の余波は帝都の結界にも影響を与え、陰陽庁は連日徹夜稼働。
参謀本部の会議室では、強硬派が「黒鋼への反攻」を叫び、
そのたびに朔夜は沈黙を選ばざるを得なかった。
——夕凪を守る選択は、参謀としての正しさとは反する。
だが、失うわけにはいかない。
二度と。
そんな思考を遮るように、燈子が早足で駆け寄ってきた。
「朔夜様。緊急連絡が……中立国ストラタより、特使が到着しました」
「ストラタが?」
朔夜は思わず眉をひそめた。
中立を貫く彼らが帝都へ来ることなど、まず無い。
しかも、この蒼光の余波が収まらない時期に。
「……案内してくれ」
燈子が静かに頷き、朔夜を別室へと導いた。
◆
部屋に入った瞬間、空気が変わった。
砂金の髪を肩まで流し、白と淡金の巫女衣装を纏う少女が一人、
静かに座していた。
翡翠色の瞳が、朔夜をまっすぐに刺す。
——これが、ストラタの巫女守人。
少女はゆっくりと立ち上がり、胸に手を当てて名乗った。
「ストラタ神殿・巫女守人 リシア・ストラタと申します」
柔らかな声なのに、どこか凛としていた。
燈子は自然と背筋を伸ばす。
朔夜もまた、ただならぬ気配を悟った。
「……遠路はるばる、何の用件で?」
リシアは淡々と答えた。
「——扉が動きました」
その一言で、室内の空気が変わった。
朔夜の表情がわずかに揺れる。
だが続く言葉は、さらに冷たく鋭い。
「扉が動いたのは、〈鍵〉が目覚めた証。
夕凪様が反応したからです」
燈子が息を呑む。
朔夜の心臓が跳ねた。
「……どうして夕凪の名を?」
「もちろん、知っています。
あなたが——夕凪を隠していることも」
燈子が朔夜を見る。
その瞳には、驚愕と……疑念。
朔夜は静かに呼吸を整えた。
「夕凪は……帝国の民であり、私の妹だ」
リシアの表情がわずかに柔らいだ。
だが次の瞬間には、再び鋭い眼差しに戻る。
「——だからこそ、差し出してください」
燈子:「なっ……!」
「夕凪様は、“再生装置”として扉に喰われようとしています。
このままでは、世界が揺らぎます。
彼女を守るためにも、封印が必要です」
朔夜の胸に、耐え難い痛みが走る。
夕凪を“封じる”?
そんなこと——できるわけがない。
「断る」
迷いのない一言だった。
リシアの翡翠色の瞳が、深く揺れた。
「……そう、ですか」
その瞬間、燈子が言葉を絞り出す。
「朔夜様……夕凪様を匿っていたのは、本当なのですか?」
朔夜は答えられない。
その沈黙が、何よりの答えだった。
燈子は拳を握りしめる。
「……どうして、私にだけ何も言わないのですか。
私は、あなたの副官です。
あなたが誰よりも信頼していると、思っていました」
声は震えていた。
怒りでも、裏切りでもなく——純粋な悲しみ。
朔夜は視線を落とした。
「……すまない。
お前を巻き込みたくなかった」
燈子の表情が変わる。
それは短い沈黙でしかないが、何よりも重かった。
リシアが静かに言葉を重ねた。
「——夕凪様は、いずれ“扉の向こう”に呑まれます。
あなたが拒んだ以上……ストラタは自ら行動します」
「どういう意味だ?」
リシアは翡翠の瞳で朔夜を見据えた。
「夕凪様を“保護”する。
あなたがた桜花帝国より先に」
燈子が剣に手をかけた。
「脅しのつもりですか?
ここは桜花帝国の——」
朔夜が手で制す。
リシアは深く礼をし、扉へ向かう。
そして最後に振り返り、静かに告げた。
「朔夜様。
夕凪様を救いたいのなら——急いでください。
次に動くのは、黒鋼でも桜花でもない。
我らストラタです」
扉が閉まる。
残された沈黙は、底なしに重かった。
朔夜は拳を握りしめる。
——夕凪を奪われるわけにはいかない。
その決意は、燈子の胸にも深い影を落とした。




