12話 触れた手 ― 蒼き心の中心で
夕凪まで、あと一歩。
蒼光の花弁が舞い、
空間が脈動し、
世界そのものが呼吸するように揺れていた。
朔夜は手を伸ばし、
震える指先を“妹の影”へ向けた。
その姿はまだ揺れていて、
涙で滲んでいて、
触れれば消えてしまいそうなほど儚い。
だが間違いなく――
夕凪の心そのものだった。
『……お兄……ちゃん……?』
夕凪の声が震えながら届く。
朔夜の胸が、痛いほど揺れた。
(夕凪……
やっと……見つけた……)
もう後悔も、言い訳もいらない。
伸ばした手に込めたのはただ一つ――
“もう離さない”という強い想い。
「夕凪……
手を出して」
夕凪は怯えるように首を振り、
指先を胸に押し当てて小さく震えた。
『……いや……
また……きえる……
いたいの……きらい……こわい……』
その声は、
蓮が聞いたものと同じ――
心が壊れてしまう寸前の、泣き声。
明朱が悲痛な顔でささやく。
「……夕凪ちゃん……
心が……限界……」
伊吹が唇を噛む。
「参謀……もう急がねえと……!」
鷹守は周囲の揺らぎを見つめた。
「精神領域の“形”が崩れ始めている……
天城、早く繋げ」
朔夜は深く頷き、
夕凪の震える肩へ向かって――大きく息を吸った。
「夕凪……
俺は、ずっと……ずっと後悔していた」
夕凪がわずかに顔を上げる。
朔夜は苦しそうに、しかし力のある声で続けた。
「お前を守れなかったことも……
目を逸らしてしまったことも……
全部、全部……俺の弱さだ」
夕凪の涙が、蒼光の中に溶ける。
『……おにい……ちゃん……』
朔夜は歩み寄り、
伸ばした手をそっと前に差し出した。
「だから……
今度こそ……俺に掴ませてくれ」
夕凪の指が震える。
恐怖と、願望と、迷いと――
そのすべてが小さな肩に乗っていた。
明朱が胸に手を当てて泣きそうにつぶやく。
「……届いてる……朔夜さんの言葉……ちゃんと……」
蓮が、影機関を押し返しながら叫ぶ。
「夕凪!!
朔夜は……お前の兄は……
本気で迎えに来たんだ!!
もう、疑うな!!」
夕凪の指先が――
震えながら、そっと伸びた。
蒼光がゆらゆらと割れ、
距離が縮まる。
『……お兄……ちゃん……
……こわかった……
ずっと……こわかったの……』
朔夜の頬を涙が伝う。
「……ごめん。
でも――もう大丈夫だ。
俺がいる」
夕凪は泣きながら、小さく手を伸ばした。
朔夜はその小さな手を包むように――
やさしく、確かに握った。
**
触れた。
指先が、温度を感じた。
夕凪が、そこに“生きて”いた。
**
その瞬間――
蒼光が爆発的に広がった。
花弁が天へ舞い上がり、
世界が揺れ、
心と心が結ばれた音が響く。
夕凪の声が涙混じりに溢れた。
『……お兄ちゃん……!!
こわかった……っ!!
ひとりに……なりたくなかった……!!』
朔夜は強く、しかし優しく引き寄せた。
「ごめん……
遅くなって……本当にごめん……」
夕凪の身体が光の中で震える。
明朱が涙を拭きながら笑った。
「……よかった……!
触れた……!」
伊吹も拳を握る。
「……間に合った……!」
蓮が安堵の息を吐き、短剣を構え直す。
「朔夜……夕凪……!!
もうすぐ影機関の本隊が来る!!
全員を敵に回す覚悟で行け!!」
鷹守が刀を鳴らす。
「ここからが本当の地獄だ……
守り切れ!!」
だが――
次の瞬間だった。
蒼光の流れが急激に変わり、
結界全体が震えるような轟音をあげる。
バキバキバキバキ――ッ!!
朔夜が夕凪を抱きしめながら叫ぶ。
「どうした!?
夕凪!!」
夕凪は苦しそうに頭を押さえた。
『……お兄……ちゃん……
なにか……くる……
こわい……こわいよ……!!』
その声と同時に――
結界外から、宗六の術式が侵入してきた。
黒い影が裂け目を破り、
蒼光を汚すように染み込んでくる。
「――扉よ。
その“真の姿”を見せよ」
ぞっとする宗六の声。
朔夜の表情が険しくなる。
蓮は叫んだ。
「朔夜!!
夕凪を離すな!!
宗六が――結界そのものをこじ開ける気だ!!」
鷹守は刀を振り上げた。
「来るぞ!!」
蒼光と黒影がぶつかり合う。
結界の深部で、
“扉の心臓”が震えた。
夕凪の体が跳ねる。
『……いや……!!
開いちゃ……だめ……!!』
朔夜は夕凪を抱きしめ、
決意の声で叫ぶ。
「夕凪……
絶対に守る!!
どんな闇が来ても……俺が全部斬り払う!!」
光が爆ぜ、
影が哭き、
扉が鳴動する。
――そして第二部は、最終局面へ動き出した。
(つづく)




