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雷哭ノ桜花戦記 ― 奪われた鍵を求めて  (表)  作者: 田舎のおっさん
第二部

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11話 蒼き虚(うつろ) ― 夕凪の心へ触れる

蒼光の海に踏み込んだ瞬間、

朔夜は“足場”という概念を失った。


宙を歩いているような感覚。

いや、歩いているのかすら分からない。


花弁が舞い、光が層を作り、

景色は常に揺らぎ続けていた。


次の瞬間には、

朔夜の幼い家の廊下が現れ、

また次の瞬間には桜花帝国の訓練場が現れる。


過去、記憶、心象。

すべてが層になって漂っている。


明朱が震える声で呟く。


「ここ……本当に“夕凪ちゃんの心”なのね……

 痛いくらい伝わってくる……」


伊吹は顔をしかめる。


「どこを見ても泣きそうになる景色だな……」


鷹守は短く言った。


「進め。

 この揺らぎは“意志”だ。巫女が呼んでいる」


朔夜は頷き――

足を進める。


そのたびに景色が音もなく変わる。


幼い夕凪が笑っている縁側。

雨の日に朔夜の袖を掴んでいた夕凪。

手を繋いで町祭りに行った夜道。


(夕凪……

 お前……こんな記憶を……)


胸が、ひどく痛む。


花弁の海の向こうで、

微かに声がした。


『……こない……で……』


小さな、震える声。


朔夜の胸は張り裂けそうだった。


「夕凪……

 俺だ。

 朔夜だ」


返事はない。

しかし――光の揺れ方が変わった。


明朱が目を見開く。


「……反応した……!

 夕凪ちゃん、気づいてる!」


伊吹が前を指差した。


「参謀! あそこだ!」


霧が割れ、

蒼白い空間の中央に“影”が見えた。


膝を抱えて座り込む少女。


夕凪。


ただし、輪郭はまだ揺れ、完全には像を結ばない。


でも――

震えながら抱え込む肩の形。

泣き腫らした瞳の高さ。

小さくすぼめた唇の位置。


間違いなく、

朔夜の妹だった。


朔夜は走る。


「夕凪!!」


だが。


走っても走っても距離が縮まらない。


まるで、

夕凪が“自分を拒む結界”そのものになっているようだった。


『……こわいよ……

 こわいの……

 もう……いや……』


景色が一瞬、黒く染まった。


伊吹が息を呑む。


「……まずい!

 夕凪の心が“闇”に傾いた!」


明朱が叫ぶ。


「このままじゃ……夕凪ちゃんが壊れる!!」


朔夜は拳を握り、

光の海に向かって叫んだ。


「夕凪!!

 俺は……お兄ちゃんは……

 お前を助けに来た!!」


その言葉は空間全体を震わせた。


しかし夕凪はさらに小さく縮こまった。


『……たすけ……て……

 でも……こないで……

 こわい……こわいよ……』


朔夜は胸を刺される。


(夕凪……

 どれほど怖い想いをしたんだ……

 俺が……間に合わなかったから……)


その時。

鷹守の声が低く響いた。


「天城。

 “思い出せ”。

 お前が夕凪を抱きしめてやれた時間を」


朔夜は目を閉じた。


夏の日。

冬の夜。

祭りの道。

泣いて、笑って、眠って。

夕凪はいつも――袖を掴んでいた。


(俺が……助けてやれたはずの小さな手を……

 あの日、離してしまったんだ)


朔夜は震える手を前に伸ばす。


「夕凪……

 ごめん。

 でももう離さない。

 絶対に……お前を独りにしない」


光がふつりと揺れ――

夕凪の影が、こちらに顔を向けた。


涙に濡れた瞳。

必死に助けを求める目。


『……お兄……ちゃん……?』


その声に、

朔夜は息が詰まる。


「夕凪!!

 そこに――そこにいるんだな!!」


距離が縮まり始める。

光が道を開くように割れていく。


明朱が泣きそうに言う。


「……届いてる……!

 朔夜さんの声が……夕凪ちゃんに届いてる!」


伊吹の拳が震える。


「あと少しだ! 参謀!!」


朔夜は叫ぶ。


「夕凪――!!

 その手を――!!」


だが、その瞬間。


バキィィィン――ッ!!!


結界の外側から、

黒鋼の術式が侵入した。


蒼光が暴れ狂い、空間が歪む。


鷹守が刀を抜き放つ。


「敵の術式が入ってきた!!

 一気に結界が乱れるぞ!!」


朔夜は前へ飛び出した。


光が爆ぜ、桜の花弁が舞う。


そして――

ようやく。


ようやく夕凪の“本当の姿”が光の奥に現れた。


細い肩。

蒼く光る髪。

震える手。


朔夜の指先が――

夕凪の手に、触れられる距離にまで近づいた。


が。


その瞬間――

後方から別の声が響いた。


蓮の声だった。


《……朔夜!!

 やめろ!!

 結界が――!!》


光が爆ぜる。


夕凪の姿が揺れる。


朔夜の手は――まだ届かない。


(つづく)

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