2話 蒼風調査隊、出立 ― 揺れる帝都の空
帝都の朝は、いつもより騒がしかった。
蒼光の夜から一日。
桜花帝国中で広がる不安が、参謀本部にも流れ込んでいる。
廊下を行き交う将兵の息は荒く、
誰もが“何かが始まる”空気を感じていた。
天城朔夜は、調査隊用の作戦室にいた。
机には最新の偵察地図、魔導波動の測定値、
そして黒鋼連邦側の活動推測レポートがずらりと並んでいる。
「……これが、蒼光中心地の推定座標か」
指でなぞった地点は、山岳地帯。
黒鋼の第七研究区から近い。
(蓮。
お前が……そこにいるのか)
胸が痛んだ。
参謀としての計算も、兄としての焦燥も、どちらも嘘ではない。
ただ――
昨日の光で聞いた夕凪の声が、
まだ耳の奥に残っている。
「天城参謀、班長たちが揃いました」
副官の声で朔夜は顔を上げた。
作戦室に入ってきたのは、
蒼風調査隊の中心を担う三名。
■ 第一班長:鷹守 維心
桜花帝国随一の斥候。
静かながら目の鋭い男で、朔夜も信頼する人物。
■ 第二班長:明朱
陰陽寮から出向してきた術士。
気性は激しく見えるが、魔導波の解析に長ける。
■ 第三班長:伊吹 迅
若いが行動力と判断力に優れた士官。
朔夜と同年代だが、見た目に似合わず胆力がある。
三人が揃ったところで、朔夜は作戦図を開いた。
「黒鋼は現在、模造炉の不安定化で混乱中。
ただし“混乱しているように見せている”可能性がある。
最悪の場合、こちらの出立を察知して待ち伏せを仕掛けてくるだろう」
鷹守が顎に手を当てた。
「……つまり、我々は囮になる可能性もあると?」
「それを避けるために、隊を三方向に分ける」
朔夜は指で三本の線を引いた。
「この三つのルートを最終的に合流させる。
黒鋼の監視網を突破するには、この方法しかない」
伊吹が苦笑いした。
「無茶だな……だが、天城参謀らしい」
明朱が皮肉げに言う。
「“らしい”っていうか、これはほぼ賭けでは?
黒鋼の読み手がいたら、簡単に看破される」
一瞬、朔夜の心が揺れた。
黒鋼の読み手――蓮。
(……くるのか?
また……俺の前に)
朔夜は自分の迷いを押し殺し、言った。
「こちらも、相手の“読み”を逆手に取る。
黒鋼が王道のルートを読んでくるなら――
あえて“外した道”を使う」
鷹守が小さく頷いた。
「……了解した。
相手が天才なら、こちらも奇策でいくしかない」
「そのための調査隊だ」
朔夜は短く答えた。
「帝国の大軍は動かさない。
我々だけが先に、蒼光の中心に入る」
明朱が手元の札を撫でながら言う。
「……天城参謀。
一つ、聞いてもいいですか?」
「何だ」
「あなた……蒼光の夜に、何か感じたんでしょう?」
他の二人の視線が朔夜に向けられる。
朔夜は一瞬だけ迷ったが――
嘘はつけなかった。
「……夕凪の声が聞こえた。
聞き間違いでも幻でもない。
確かに、俺の名前を呼んだ」
三人が息を呑む。
明朱は目を細めた。
「やはり……“鍵”の覚醒は本当なんだな。
黒鋼が動く理由も、それで説明がつく」
「天城、慎重にいけよ」
鷹守が重い声で言う。
「個人的な感情が悪いとは言わん。
だが戦場では、それが命取りになる」
「分かっている」
本当は、分かりきってはいなかった。
ただ――進むしかない。
夕凪の声が、朔夜を前へ押し出す。
調査隊の準備は、夕刻までに整った。
帝都西門で、三班が並ぶ。
装備は軽装、偽装用の布、携帯魔導炉。
必要最低限にして、行動は迅速に。
西門の外、帝国街道は淡く赤い夕陽に染まっていた。
朔夜は隊員に向け、短く言った。
「これより、蒼光中心地への極秘調査を開始する。
敵に悟られぬよう進み、合流地点“影風谷”を目指す。
生きて戻れ。
それが最優先だ」
三人の班長が一斉に胸に拳を当てた。
「「「御意!!」」」
朔夜が先頭に立つ。
夕陽に照らされた帝都の影が、隊の背後へ長く伸びる。
その影の先に――
黒鋼の領地がある。
蓮がいる。
夕凪が囚われている。
(行くぞ……二人とも)
朔夜が一歩踏み出した瞬間。
山岳方向から、冷たい“蒼風”が吹き抜けた。
昨日の光の残響。
しかし、どこか不吉で、どこか懐かしい風。
鷹守が小声で言った。
「……天城。
まるで誰かが“呼んでる”ような風だな」
朔夜は胸元の札を握った。
(夕凪……蓮……
必ず、辿り着く)
蒼風を切り裂くように、
蒼風調査隊は帝都を後にした。
新たな戦いへ向かう、一歩目だった。




