第一部 エピローグ 『蒼の残響(ざんきょう)』
夜の帝都は、雨上がりの冷たい風に包まれていた。
天城朔夜は、参謀宿舎の窓辺に座り、
胸元の札をそっと指先で撫でた。
夕凪の《鍵紋》。
一度は冷たく感じたそれが、いまは微かに暖かかった。
(夕凪……
さっき聞こえた声……
本当に、君だったのか……?)
答えはない。
だが、心のどこかで――
たしかに“返された気がする”。
朔夜は静かに息を吐いた。
(蓮……
あの戦場で、僕を読んだのは……
お前だろう?)
胸の奥の痛みは、拒絶の痛みではない。
再会を望みながら、その再会を恐れる痛みだった。
窓の外、蒼い雲がゆっくり流れていく。
(会いたいよ……
だけど、いま会ったら……
僕はきっと迷う)
朔夜は目を閉じ、
小さく呟いた。
「……強くならなきゃな」
静かな夜が、ゆっくり流れていった。
同じ頃――黒鋼連邦・第七研究区。
蓮は天井の黒管を見上げていた。
操縦席の金属の匂いがまだ指に残っている。
(朔夜……
僕だって……会いたいよ……
本当は……一番に見つけてほしかった)
だがその想いは口にできない。
夕凪を守るために。
今いる場所を捨てられないために。
宗六という圧倒的な運命の前で、
選べる道が少なすぎるから。
(夕凪……
苦しくないといいけど……)
思い出すのは、蒼光に包まれて震える小さな背中。
(ごめん……
僕は……まだ君を救う方法が分からない)
蓮は静かに拳を握った。
「でも……
必ず……二人を守る道を探すから」
その声はかすれて、
誰の耳にも届かなかった。
さらに同じ頃――
深い地下の蒼光に包まれた部屋で。
夕凪は蒼い瞳を閉じ、
小さく胸に手を当てていた。
鼓動――
自分のものではないような、大きな響き。
《扉》の胎動と、自身の心がリンクし、
世界が広がったような、狭まったような感覚に襲われていた。
でもそんな混乱の中でも、
ひとつだけ確かなものがあった。
「……兄さん……」
呼ぶと、胸が少し温かくなる。
「……蓮……」
呼ぶと、痛みが少し和らぐ。
そして、涙が零れた。
(どうして……
どうして、こんなに離れているのに……
二人の声が……こんなに近いの……?)
夕凪は目を開いた。
蒼い光が天へ向かってゆっくりと伸びていく。
それが未来への道なのか、
破滅への道なのかは分からない。
でも、夕凪には分かっていた。
「……私、行かなきゃ」
自分が“鍵”であること。
自分を求める声が、二つあること。
「兄さん……蓮……
二人とも……泣かないで」
彼女の頬を伝った涙は、
蒼光に触れて一瞬だけ煌めき、
すぐに蒸気の中へと消えていった。
その頃。
大陸の空をまたぐ蒼い風が吹き抜け、
桜花帝国と黒鋼連邦の境界線を越えていった。
風の中には、
三つの名前が、確かに宿っていた。
朔夜。
蓮。
夕凪。
離ればなれの三人の心が、
それぞれ違う場所で静かに疼いている。
まだ誰も知らない。
この痛みがやがて――
大陸全てを巻き込む“嵐”を引き起こすことを。
蒼い風は、
その予兆のように夜空を揺らしていた。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
田舎のおっさんが書いとる桜花側の戦記ですが、
こうして読んでもらえるだけで、本当に励みになります。
もし「朔夜たちの行く末が気になるなぁ」と思っていただけたら、
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ひとつひとつが、次を書く元気になりますけん。
これからも、桜花帝国の戦場と、朔夜の選ぶ道を
どうぞ見届けてやってください。
また次の話でお会いしましょう。




