第十一話 雷影交差点 ― 触れられぬ声(朔夜)
第二次作戦《霞桜作戦》が発令されたのは、
雨が降り出す前の夕刻だった。
朔夜は偵察小隊を率いて、
黒鋼補給路の“揺らぎ地点”へ向かっていた。
(ここだ……黒鋼の読み手が動いた痕跡……
蓮……本当にここにいるのか?)
胸を締めつける感覚がある。
これは戦場の恐怖ではない。
もっと個人的な痛みだ。
「天城参謀、索敵反応――来ます!」
桜花兵の声が震えた。
霧の向こうで、
黒い蒸気が膨れ上がる。
黒鋼獣――
そのシルエットが現れた瞬間、
朔夜の心臓が跳ねた。
(……この動き……
やっぱり蓮だ……!)
鋭すぎる軌道。
予測不能な曲線。
そして――
朔夜の行動を“読む”ような間合い。
「退くな! 包囲して動きを止めろ!」
朔夜は部隊を動かしながら、
黒鋼獣の動きを分析する。
だが――その刹那。
黒鋼獣が、
朔夜の視界の端ギリギリで
一瞬だけ霧を割って姿を見せた。
(あれは……蓮……!!)
胸が一気に熱くなった。
声を出しそうになった瞬間――
激しい爆風が吹き抜け、視界が白く染まる。
「天城参謀、下がれ!」
桜花の侍工廠兵が朔夜を引き戻す。
爆煙の向こう、
黒鋼獣の姿はもう消えていた。
(……蓮……
本当に……お前なのか)
霧が晴れたその瞬間、
遠くで“低い蒼い鼓動”が聞こえた。
――ドゥン……ドゥン……
まるで古代の扉が目覚めるような脈動。
「参謀殿! 魔導反応……上昇中!!」
朔夜は青ざめた。
(夕凪……!?
《扉》が……反応している……!)
霧の奥から、
蒼い閃光が空へと伸びていった。
朔夜の胸に痛みが走る。
(蓮、夕凪……
二人とも……どこにいるんだ……!)
雷の気配が戦場を切り裂いていった――。
敵編第十一話
影、呼応する ― 揺らぐ刃向蓮(敵視点)
黒鋼獣の操縦席で、
蓮は荒い呼吸を整えていた。
(朔夜……そこにいる……
間違いない……この読み、気配……
僕を感じてる……)
胸が熱くて痛い。
息が苦しい。
指先が震えていた。
「蓮、動け。
“見せるだけにせよ”」
通信口から灰鴫の冷たい声が響く。
本気で殺すな――
だが、朔夜を揺らせ。
(そんなこと……
したくない……!
でも……夕凪を……夕凪を守るためには……)
蓮は操縦桿を握り、
黒鋼獣を霧の中へ躍らせた。
朔夜の位置を“感じる”。
見えていなくても、分かる。
まるで心臓が導くように。
(朔夜……!)
だが、蓮は刃を抜かなかった。
ただ一瞬、霧の裂け目で“姿だけ見せた”。
それは本来の作戦からすれば失敗だ。
だが蓮は――
朔夜にだけ分かる“合図” を残したかった。
(生きてる……僕はここにいる……)
次の瞬間、
敵の砲撃が爆ぜ、視界が真白に染まり――
蓮はその隙に影へ消えた。
霧の奥へ戻るその瞬間、
――ドゥン……ドゥン……
蓮の胸が強く脈打った。
「……ッ!?」
蒼い閃光が空へ伸びた。
その方向は――黒鋼第七研究区。
(夕凪……!?
《扉》が反応してる……
まさか、彼女が……)
蓮の胸にとてつもない不安が押し寄せた。
(夕凪……!
どうか無事でいてくれ……!)
蒸気塔の向こうで、
古代の脈動はさらに強くなっていく。
蓮の心も、
朔夜の心も、
夕凪の心も――
初めて、同じ瞬間に呼応した。
その痛みと願いが、
同じ方向へ伸びていくのを
彼らはまだ知らなかった。
ただ蒼い光だけが、
三人を呼び寄せるように天へ昇っていった。




