第5部 第5話(表)
――踏み越えた者
最初に越えたのは、足ではなかった。
意志だった。
中立勢力の陣の奥で、号令が上がる。
短く、荒い声。
躊躇いを振り払うための声だ。
「……来たな」
桜花は、剣を構え直した。
線は引いた。
選ぶのは向こうだと、すでに示している。
◇
槍が上がる。
盾が前に出る。
一人、また一人と前に出る。
誰もが分かっていた。
ここを越えた瞬間、もう中立ではない。
「止まれ」
桜花の声は、低い。
だが、陣全体に届いた。
止まらない。
止まれない。
◇
桜花は、一歩踏み出した。
剣は振らない。
だが、退かない。
「踏み越えるなら、
敵だ」
それは宣告だった。
裁きではない。
◇
最前列の兵が、足を出す。
線を、越えた。
その瞬間――
桜花は剣を振るった。
狙いは急所ではない。
隊列の芯。
盾が弾かれ、
前が崩れる。
◇
桜花は、迷わない。
第4部では、剣を振らずに終わらせた。
第5部では、違う。
「……踏み越えたのは、
お前たちだ」
だから、
止める責任は、こちらにある。
◇
剣が、二度、三度と振られる。
無駄はない。
怒りもない。
秩序を戻すための剣。
桜花は、前に出続けた。




