第41話(表)
――残ったもの
剣が、わずかに下がった。
それは、敗れたからではない。
桜花は、自分の中で何かが削れ落ちたのを、はっきりと感じていた。
「……なるほどな」
息を整えながら、低く呟く。
守る理由。
終わらせる理由。
退かない理由。
それらが重なり合い、絡まり合っていた芯が、
黒鋼の剣によって、静かに削り落とされている。
◇
桜花は、剣を構え直さなかった。
構える必要が、なくなったのだ。
代わりに、
足を止め、黒鋼を見た。
「……黒鋼」
声は、驚くほど静かだった。
「お前は、
私から理由を奪いに来たんじゃない」
黒鋼の剣は、動かない。
「……選ばせに来たんだな」
◇
桜花は、ゆっくりと剣を下ろした。
地を指す刃先。
だが、捨てたわけではない。
いま残っているものを、
確かめるためだ。
「守るため。
終わらせるため。
責任のため」
一つずつ、言葉にしてみる。
「……全部、違う」
違う、というより――
足りない。
◇
桜花は、目を閉じた。
間に合わなかった場所。
守れなかった責任。
通した道。
終わらせた精算。
それらすべてを削ぎ落とした先に、
まだ、何かが残っている。
◇
桜花は、目を開いた。
「……それでも」
黒鋼を、まっすぐに見る。
「私は、
ここに立っている」
理由を並べなくても、
言い訳を重ねなくても。
立っている事実だけが、残っている。
◇
矢上が、遠くで息を呑むのが分かった。
だが、今は声をかけない。
これは、
将が一人で立つ瞬間だ。
◇
桜花は、剣を再び構えた。
先ほどまでとは違う。
重さが、変わっている。
「……黒鋼」
声に、迷いはない。
「理由は、もう削られた」
だから、
ここから先は。
「立つために、斬る」
◇
剣先が、わずかに前を向く。
力も、速さも、殺気も、過剰ではない。
だが、
これまでで一番、揺るがない。
桜花は、一歩踏み出した。
守るためでもない。
終わらせるためでもない。
ここに立つと決めた者としての一歩。
削られた先に残ったものは、
理由ではなかった。
――意志だ。
戦は、
ついに最深部へと踏み込んだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
《雷哭ノ桜花戦記 ― 表裏双章 ―》では、
同じ戦を「表」と「裏」、
二つの視点から描いています。
どちらか一方だけでは語れない選択と責任を、
積み重ねてきました。
もしこの物語を
「続きが気になる」
「ここまで読んでよかった」
と感じていただけたら、
ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。
田舎のおっさんが、
本気で書いている戦記です。
これからも、表と裏、両方を書いていきます。




