第39話(表)
――雷が落ちる
最初に動いたのは、風だった。
街道を抜け、山肌にぶつかり、渦を巻いて戻ってくる。
桜花は、剣を構えたまま一歩も動かなかった。
踏み出す必要は、もうない。
「……来る」
誰に言うでもなく、そう呟く。
逃げ場はない。
余白もない。
選択は、すでに終わっている。
◇
黒鋼の剣が、わずかに動いた。
構えが変わる。
力ではなく、意志の向きが変わった。
桜花は、それを見逃さなかった。
「……そうだな」
心の中で、応える。
ここまで来て、
斬らない理由はもうない。
同時に、
無意味に斬る理由もない。
◇
桜花は、踏み出した。
それは、昨日の一歩とは違う。
ためらいも、確認もない。
決め切るための一歩。
剣が振るわれる。
速くもなく、遅くもない。
避けられる。
だが、避ければ――
◇
金属が、ぶつかる。
乾いた音が、街道に響いた。
雷鳴のような一撃。
桜花の剣と、
黒鋼の剣が、正面から噛み合う。
「……!」
腕に、確かな衝撃が走る。
力ではない。
重さだ。
◇
剣が離れ、再び交わる。
一太刀。
二太刀。
どちらも、決定打を狙っていない。
狙っているのは――
相手の覚悟。
◇
桜花は、剣を振るいながら思う。
守るために抜いた剣。
振らなかった剣。
そして今、
終わらせるために振るっている剣。
「……全部、ここにある」
◇
黒鋼が、一歩踏み込む。
桜花も、同時に踏み込む。
距離が、消える。
剣と剣が、再びぶつかった瞬間――
空が、白く裂けた。
◇
雷が落ちる。
轟音が、山に反響する。
その音と同時に、
桜花は、剣を振り切った。
黒鋼も、同じだった。
避けない。
退かない。
ここで終わらせると決めた者同士の一撃。
◇
雷鳴が、まだ耳に残っている。
剣は、次の動きを待っている。
勝敗は、まだ決まらない。
だが――
戦は、確実に始まった。
桜花は、剣を構え直す。
「……黒鋼」
名を呼ぶ声は、低く、澄んでいた。
「ここから先は、
もう言葉はいらない」
雷は落ちた。
もう、戻れない。
戦は、
ついに“覚悟そのもの”を
斬り結ぶ段階へ入った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
《雷哭ノ桜花戦記 ― 表裏双章 ―》では、
同じ戦を「表」と「裏」、
二つの視点から描いています。
どちらか一方だけでは語れない選択と責任を、
積み重ねてきました。
もしこの物語を
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田舎のおっさんが、
本気で書いている戦記です。
これからも、表と裏、両方を書いていきます。




