第38話(表)
――踏み出す一歩
風が、街道をまっすぐに抜けた。
山に反響した音が、互いの距離を誤魔化すことなく伝えてくる。
桜花は、剣を構えたまま動かなかった。
前にいるのは黒鋼。
背後には、もう誰もいない。
守る者はいない。
逃がす者もいない。
「……ここまで来たな」
声は、独り言に近い。
◇
この場で剣を振れば、戦は終わる。
勝つか、負けるか。
それだけだ。
だが――
桜花は、その単純さを選ばなかった。
「……矢上」
「はっ」
「部隊は動かすな。
ここから先は、
私の一歩で決める」
矢上は、何も言わずに頷いた。
◇
桜花は、黒鋼を見据えた。
退かないと決めた男。
剣を抜いた理由を、ここに集めた男。
「……黒鋼」
名を呼ぶ。
「私は、
ここまで“守るために”立ってきた」
守るために抜き、
守るために振らなかった。
「だが――
ここから先は、
守るために踏み出す」
◇
桜花は、一歩前に出た。
剣先が、わずかに揺れる。
だが、迷いではない。
決断の重さだ。
「この一歩は、
退かないための一歩じゃない」
声は低く、しかしはっきりしていた。
「終わらせるための一歩だ」
◇
剣が、初めて明確な殺気を帯びる。
それは、怒りでも、憎しみでもない。
責任だ。
「……来い」
桜花は、そう言って踏み出した。
それは、
戦を始める合図であり、
同時に、
戦を終わらせる覚悟の表れだった。
雷は、
もう落ちる場所を迷っていない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
《雷哭ノ桜花戦記 ― 表裏双章 ―》では、
同じ戦を「表」と「裏」、
二つの視点から描いています。
どちらか一方だけでは語れない選択と責任を、
積み重ねてきました。
もしこの物語を
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田舎のおっさんが、
本気で書いている戦記です。
これからも、表と裏、両方を書いていきます。




