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芽生え  作者: 黒薔薇あず


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高校時代③

当然、「アルバイト」は許可制だった。私は家から学校が離れていた為、バス通学だった。田舎のバス代は高い。電車の駅は、隣の学区まで行かなければない。それに本数も少ない。バス代を稼ごうと「アルバイトをしよう」と思った。無論、許可申請もした。だが却下された。

それならばと「自転車通学を認めてくれ」と懇願した。自転車通学が認められるか認められないかギリギリの範囲に自宅があった為だ。結果、自転車通学になった。冬季期間以外は。十キロ程度あった。農道を走っていると小さい虫が目や口に入る。とても不快だ。十キロ程度ある距離を当時は涼しい顔で漕いでいたが、今では考えられない。十代の体力は化け物だ。

しかし、私は学校には黙ってアルバイトを始めた。お小遣いも貰えていたが、衣服代や化粧品代、趣味に使うお金の事を考えれば足らなかったのだ。

人生で初めてのアルバイトはファミレスのキッチンだった。当時の時給は七百五十円。三ヶ月程度で辞めた。凄く忙しい店舗だったのだ。皿洗いから始まり、パスタや前菜などを担当するポジションを任された。ひっきりなしに入る注文に、私は焦りまくった。それに、パートのおばさんに料理が出るまで何分掛かったか嫌味たらしく言われた。「マルチタスクは向いていない」と悟った。店長に「学校にバレた」と言って辞めることにした。店長は私を引き留めた。「バレたのならお客様入り口からでは無く、裏から入ればいい」と。しかし私は早く辞めたかった。結局、父の篤史に間に入ってもらい辞めた。電話で店長に小言を言われた様に思う。

次に私は個人経営のお蕎麦屋さんでアルバイトを始めた。とても楽しかった。此方も人気店で、忙しくはあったが充実していた。店主や奥さんも人柄が良かった。それに、賄いが食べられた。基本的に品切れの商品以外は何でもよかった。私は茄子が苦手だったのだが、賄いで頂いた茄子の天麩羅を食べて、茄子嫌いを克服した。本当に美味しかった。卒業するまで続けたかった。

しかし、ある日私は先生に呼び出されたのだ。高校二年生の終わり頃だったかと思う。「カラコンかアルバイトがバレたのだ」と思った。

アルバイトだった。担任と生徒指導の先生含め、三人程に理由を聞かれた。私は「何て誤魔化そう」と思った。事前に許可申請をしていた経緯もあり、冬季のバス代を稼ぐ為と弟の柊哉も私立の高校へ進学が決定していたので、それを理由に再度、許可を求めた。尋問中は泣いていた。勿論、バレたことの恐怖もあったが、カラコンがズレて痛かったのだ。

何故バレたのか。それは未だに不明だ。お蕎麦屋さんで学校関係者を接客した記憶はない。恐らく、私のことを良く思っていなかった同級生が告げ口したのではないかと思う。そんな経緯を経て、私は無事許可を貰えた。

許可があれば、表立って出来る。私はドーナツショップでアルバイトを始めた。ここの店舗も忙しかった。当時は「百円セール」なるものがあった。大学生の人がくるまで、社員と私の二名体制だった日もある。地獄だった。お会計してもしても、列が途切れない。トレーやトングも洗い場にどんどん溜まっていく。隙を見ては、洗い場に入ったが、トレーやトングの拭きが甘く半乾き状態のまま売場に戻した。お客様に怒られた。「トレーとトング濡れているんだけど」と。私は「この状況が分からないのか」とイラッとした。そんな事もあったが、ドーナツショップでのアルバイトも楽しかった。卒業まで続けた。

お金を稼ぐ事の厳しさと、達成感を味わった。稼いだお金は殆ど趣味に費やした。


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