わたし
私は、第三者から「優しい人」だと言われる事が多いと自負している。だが私は自分のことを優しい人だとは思っていない。
私が思う、本当に優しい人というのは、「嫌われ役を買って出る」人のことだと思っている。例え自分が、嫌悪感を持たれたとしても、相手の為になるならば、それが相手にとっては過酷な状況でも言える人のことである。私も実際に、そういう人々と出逢って、自分を変えることができたと思っている。
両親は、義務教育の間はとても厳しかった。ゲーム機は、弟と共有で与えられていた。DSだけは、個人の物を与えてもらっていたが。小学校高学年に上がるまでは、「二十一時には寝なさい」と言われ続けた。中学生に上がっても、夜二十二時までだった。深夜に放映されているTV番組の話題についていけなかったことを今でも覚えている。携帯電話も、中学生の頃、「欲しい」とどれだけ強請っても「まだ、早い」の一言だった。平成を駆け抜けた世代なら、共感してくれるだろう。友人や同級生たちと「Eメール」のやりとりが流行った世代だ。「チェーンメール」なんかも度々送られてきていた。私は友人が余り多い方ではなかった為、回す人がいなくて困った経験がある。「ボカロ曲」が丁度、世の中に出始めた頃に青春を駆け抜けた。当時は、マイナーだった為、ボカロ曲を聴いていると周りに知られたら「陰キャ」だと馬鹿にされた。平成時代に、一世を風靡していた「AKB48」も通ってきた。母の職場の同僚から、CDを借りてもらい聴きまくった。モー娘。もAKBも通ってきた訳だが、「やっぱりアイドルってカッコいいな」と憧れを再確認した出来事だ。
少女マガジンで言うと、私は「ちゃおっ娘」だ。因みに、少年マガジンだと「コロコロコミック」が好きだ。これは、弟の柊哉の影響である。雑誌は、小学生の頃は「ラブベリー」。中学生の頃は、「セブンティーン」。高校生の頃は、「ポップティーン」が愛読書だった。単行本は、中学生頃から本格的に読み出した。湊かなえの「告白」を、読了した時に衝撃を受けた。後に、「松たか子」主演で映画化されている作品だ。そこから、私は、ミステリーや推理小説にハマった。だが、私は書けない。現時点では、遺作で書き上げたいという野望を持っている。




