別れ③
最後に記しておく印象に残っている別れは、「友人との別れ」だ。この友人とは、高校生時代に出逢った。同じ趣味を持つ友人だったので、直ぐに打ち解けた。この友人との想い出は、楽しい日々しか無かった。2025年の上半期を迎える迄は。
同じグループを応援していたので、ライブに一緒に行くことも多かった。東京で開催されるライブに行かないかとの連絡を、2024年の年の瀬頃に受けた。私は正直迷っていた。趣味に使えるお金が、充分にこの頃は無かったからだ。だが、行きたい気持ちを優先させた。交通費を浮かす為に、行きは夜行バスで行く事にした。「座席ガチャ」は当たりだった。目的地に着くまで、隣席に誰も乗ってこなかったからだ。だが、「乗客ガチャ」は外れた。斜め前に着席していた、年配の夫婦が常識に乏しい人種だったのだ。消灯時間を過ぎているのに、カーテンを開けっ放しにしていたので、高速道路の街灯が、定間隔で差し込んできた。寝たいのに寝れやしなかった。途中の休憩中に、売店で食べ物を買ったのだろう。プラスチックのようなパックを開ける音がした。ガチャガチャうるさかった。当然、車掌さんに注意されていた。だが、この夫婦は、再度出発し始めたら、またカーテンを開けっ放しにし始めた。「良い加減にしてくれ」と私は思い始めた。そう思っていたのは、きっと私だけではないだろう。周りの乗客も思っていたと思う。
そんな事があったので、一日中元気で居続けるのは限界があった。ライブが始まる頃には、エネルギー切れを起こしかけていた。私は昔から、眠かったり、疲れていたりすると、意識が何処かへ飛んでしまう。無言で一点を見つめ始めるのだ。人の話も、聞く努力はしているつもりだが、しっかりとは頭に入ってこなくなる。そんな悪いところが、この友人にも伝わってしまった。今までそんな一面は見せてこなかったので、余計驚いたと同時にショックだったのだろう。
一泊して解散した。その日の夜に、この友人から連絡が入った。「名古屋のライブ一緒に行くのは辞めにしよう」と。私は、同じグループの名古屋のライブが「復活当選」していたのだ。この子と一緒に入る予定だった。それが、私の行動のせいで断られてしまった。私は話し合いがしたく、その友人に電話を掛けた。だが、出てくれなかった。それ程、傷付けたのだろう。だが、私も同時に傷付いた。電話を出てくれなかった時点で、「ああ、この子は相手がどんなに悪くても、話をする気もない人なのだ」と。終いには、「今までそれで生きてたのだから、これからも直らないと思う」とLINEで伝えられた。その時に、私は全てがどうでも良くなった。その言葉が、私に一番深く刺さってしまった。確かに変わらない人もいるだろう。だが私は、嫌な自分を変えようと自分なりに努力はしてきたつもりだ。「女ってめんどくさい」と改めて思った出来事だ。
三ヶ月程、LINE以外のSNSは見れなくなる程、落ち込んだが、前を向こうと決めた。他の女友達から助言があったからだ。「その子よりも、あずちゃんがレベルアップしたってことだよ!」「価値観も変わるし仕方ない事だよね〜」と明るく言ってくれたのだ。その言葉に私は救われた。だが、今応援しているグループと再び縁が繋がったのは、私から離れていったその友人がきっかけだったので、そこに関しては心から感謝をしている。再度出逢わせてくれて、「ありがとう」と。




