第3話 無人の街と出会い
「……すげえな」
俺は塵と化した狼、それからこの銃を見比べる。すげえ、マジで陳腐な感想しか出てこない。
ハァ……まだ心臓がバックンバックンしてるな。銃を握る手が震えてる。……命を賭けて戦うって、とんでもないスピードで精神が削られてくんだな……。未だにSAN値にスリップダメージが入ってる気がする。
『おう。銃をどうするかに時間かかってすまんな。ニルは得意じゃなくって』
「ああ……ま、まあ、結果オーライじゃねえかな。はは、経験積めたと思えば。プラスにね」
プラスに考えないとやっていけねえ……ってのもあるけど。
「それにしても威力えげつないな。狼がなんか……塵と化したけど」
灰かな?
まあ少なくとも、射抜かれた狼がこう……パラパラした灰になったのは確かだ。……あれ、それにしちゃ地面にはそう影響がないな? クレーターというか、へこみが出来てもおかしくなさそうなんだが。
『魔物の生態だな。まあ魔物にもいろいろあるけど、その狼は死ぬと灰になるんだろ。ニルのあげた「轟響の夜明け」はそこまで威力ないぞ』
「ほーん、なるほど。てっきり弾丸の熱で蒸発したのかと思ったぜ」
『そんなことしたら多分柊真も無事じゃねーよ』
それもそうだな。
俺は『路銀』カフェオレパックを開けて、中身を少し飲んだ。路銀をこんな風に消費していいのかどうか……ま、飲まずに腐らせるより遥かにマシだな。
カフェオレは普通にすごく甘い。疲れが癒される~って感じがする~。嗚呼。
「……あ、そうだ」
あのガサガサが狼だったんだ。
そのせいで第一異世界人の希望が潰えたわけだが……どうしよう? なんかねえかな。てかマジで、なんでこの公園は放棄されてるんだ……?
「ニルちゃんってなんか調べたりとかは?」
『……』
返事がない。あいつ、どっか行きやがったな……あのう、サポートくらいしっかりしてくれないか。マジで!
はぁ、とりあえず散策してみるか? カフェオレのおかげで体力はバッチリだし、しばらく歩き回っても問題ないかな。
気温も暑すぎなくてちょうどいいしな。軽く走ってもそう汗だくにならんだろ。
「そうと決まれば――冒険だっ!」
冒険とは言っても歩き回るだけだが……。
「さて、どうすっかなぁ……。さすがに住宅街に行けばなんかあるだろ」
しばらく警戒は緩めない方が良いよな。いきなりさっきの狼が出てきたらと思うと、結構不安になる。いくら銃持ってるとはいえだよ、不意打ち喰らったら死ぬじゃん。マジで死ねるから。
武器があろうとメンタルは普通に現役高校生なんですよ俺。チクショウ。
銃を片手に握りしめ、ノートは服のポケットに突っ込んだ。
……カフェオレ? ポケットが小さいからもう全部飲んだよ。もったいない。
「ふう……無人ってのがこんなに怖いとはな」
かつ、かつ。公園を出ると、石畳に俺の足音だけが反射する。ニルちゃんもいないから余計に心細いな。
通りには一階建ての家がズラリと並んでいて、なかなか圧倒される景色だ。俗にいう中世ヨーロッパ風ってやつだな……うん、さっきはアドレナリンエキサイトしてて気づかなかったけど、異世界に来たんだなぁ……。
「うーん。マジで人いねえな……」
窓から家の中を覗きこんでみたりもするが、生き物はいない。
本棚に本があったり、キッチンに調理用具があったりと人間がいた痕跡はあるんだが……なんというか、生活感がないな。
「例えるなら……ドールハウス、か?」
「――いいたとえだ」
っ!?
「誰だ……!?」
い、いきなり人間の声がしたぞ。声質は男――渋くてかっこいい感じの。
銃を背後に向けてみるが、そこに人影はなかった――が。
「……カラス……!?」
かわりにそこにいたのは――真っ黒の影で形作られた、一羽の大きなカラスだった。
平坦な絵みたいに、陰影のない影がただカラスの形を取っている。唯一目立つのは深海のような青い眼だ。……あの眼を直視しないほうがいい、な。俺の直感がそう告げてる。
「誰だ……?」
照準をカラスに定める。
すると、カラスは俺を安心させるように、妙に人間臭く咳払いをし――。
「コホン……わたしは『星胡』。冒険者ギルドのシンセシア氷河国支部幹部だ。安心したまえ、わたしは君の敵ではない」
「……カラスが? えーっと、カラスが幹部になれるの?」
なんてファンタジック。やっぱりこういう常識の相違点とかは、ニルちゃんみたいなサポーターがいてくれたら助かるんだけど。
めちゃめちゃ重要なときに離席するじゃんあいつ……やれやれ。一応死活問題。
俺が内申で勝手にうへーとしていると、カラス……改め、星胡は首を傾げた。
「ふむ? わたしはそれなりに有名だと思っていたのだが……わたしは支部長のザンダーの使い魔なのだ。闇属性のゴーレムといえば通じるか?」
「あ、そうなのか。よろしく」
「うむ」
すげえ。闇のカラスなのか……俺も頑張ったらこういう使い魔作れるようになるのかな?
魔法の使い方なんか、今のところ俺は全く知らないが。
「ともかく――ここは危険だ。どうやって迷い込んだのかは知らないが、できる限り迅速に離脱したほうがいい」
「……そうなの?」
「ああ。現にこの市街地は放棄済みだからな」
マジか。
俺が今までうろちょろしても人っ子一人見つからなかったのは、この街がすでに放棄され、あらゆる住民がどこかに行ってしまったから……そりゃ誰もいないわけだな。
星胡はぴょこぴょこと、妙にコミカルな仕草でこちらに近寄ってきて、俺の頭に軽く飛び乗った。
「うおっ」
結構重いな。まあカラスだし当然か……。
「わたしは人間一人程度なら、影を使って転移できる。最寄りの街まで連れて行ってやろう」
「いいのか?」
「ああ。それが仕事だからな」
バサバサ――と星胡が黒い翼をはばたかせる。羽が舞い散るように影の断片がこぼれ落ちたが、俺が触ると溶けて消えてしまった。
「目を閉じていたまえ――『転移』」
俺が目を閉じると同時に、この体を奇妙な浮遊感が包みこんだ……。