第1話 転生しました。
……体調が悪い時に無理をしたのが良くなかったのかもしれない。
ちょうどその数日前、俺はひどい風邪を引いていた。一応病院にかかってはみたんだが、どうやらインフルエンザとかではなくただの風邪だったらしい。
まあ、風邪を舐めちゃいけないんだな。マジで、風邪とはいえど命を落とす人もいるわけだから。
かかった当初は三十九度越えの高熱を出してたし、おとなしく家で寝込んでいたわけだが、それから数日経ってもう大丈夫だろうと思ったのが人生最大のミスだった。
……いや、熱も下がってたしいいと思うだろ。治ったって思ったんだよ。仕方ない!
家を出て自転車を走らせていたら、車道を走る車とぶつかって撥ね飛ばされたわけだ。
コンビニから帰る途中、急に頭痛が襲ってきて……まあ、うん。ほんとに申し訳ない。多分俺は信号無視をした。あのトラックのおっちゃんは悪くないよ。おっちゃんか知らんけど。
「……こういういきさつだ」
「ほーん。叶洒柊真……であってるよな、名前」
「ああ」
そして今、俺はなぜか事情聴取らしいことをされている。
気がついたらここにいたんだ。病院じゃない。
「流石に普通、撥ねられたら拘置所じゃなくて病院行くよな? まず」
「おう、行くね」
「なんで俺こんな典型的な取調室にいるんだ。いや、マジで悪かったとは思ってるけどさ。マジで」
俺がいるのは、グレーの石に囲まれたステレオタイプな取調室。内装を抜きにすれば牢屋の方が近いかもしれない。
ここにあるのは簡素な木のテーブルと、俺の座っている椅子くらい。座り心地はあんまりよくないけど、一応座布団があるおかげか痛くはない。
「おい、柊真。自分のほっぺたつねってみな」
……そして俺の目の前にいるのは、ひとりの少女? だ。
ふわっふわの柔らかそうな金髪、ふわっふわの暑そうなマフラー、あとは軍服……かな? 黒と紺のすごいキッチリした服装で、胸元には二つのバッジがある。
眠そうというか、やる気のなさそうな表情だ。それでいて――俺より遥かに小さいのを加味した上でなお――妙な威圧感がある。こんな軍服を着こんでいるせいじゃない。うーん、どっかに銃とか隠し持ってるんじゃねえかなこいつ。怖い。
「あーつねったけど」
「ああ、すまん。つねっていたくないのは夢見てる時だわ」
「……」
バカかな。
「んじゃまあシンプルに言うけど、ここ死後の世界だから。お前さっきトラックに轢かれて死んだよ。一撃即死、軟弱千万」
「ひでえなお前」
毒舌キャラですか?
「もう少し鍛えとけよ。なんかこう、受け身とかないんか。調査書によると、叶洒柊真、野球部らしいが」
「高熱出してんだぞこちとら。できるわけねえだろ」
「おう、そうか」
少女はふわふわの前髪を指でクルクルといじり、手元にある小さなノートになにかを書き込んだ。握ってるペンはどうやら万年筆らしい。たまに光が反射して、プラチナのペン先がキラリと輝いている。
「改めて自己紹介をしよう。ニルはニルフェルデイルだ」
かっこいい名前だなおい。ちっこいのに。
「ニルちゃんいいと思う。俺は叶洒柊真」
「おう。ニルは一応、昔神様やってたから尊敬していいぞ。今はまあ非公式転生アドバイザーみたいなのを雇われでやってんだけど」
なんだその職業。
俺が死んだからこいつが……なんか、転生をさせてくれんのかな? ニルちゃんすげえ。
「一個聞いていいか?」
「おう。でもニルはあんまり機密は知らんぞ」
「お前マジで神様なの? あんま神様っぽくないけど」
「逆に神様ぽさってなんだよ」
「それはごもっともなお返事」
ニルちゃんは少し唸りながらノートとにらめっこをした。かわいいけど、小動物っぽくはない。
「ニルの知り合いにひとり、現役の神様がいるんだけどな、そいつの言葉を借りると『お前がそんなに平静保ってられんのが何よりの証拠』だ」
……うん?
た、確かにそうか? 普通にこんな拘置所にいきなりぶち込まれてたらパニックになるのか? ここにいる俺はニルちゃんの補正パワーでのうのうとしてられるわけか。
「じゃあニルちゃんは俺を異世界に転生させてくれるのか」
「転生はものすごい面倒だから転移だな」
「へ~じゃあ学園ラブコメは送れないのな」
「おう、お前高校生だから十分送れるだろ。……なんだお前、ニルみたいなチビが好きなのか? ロリコンか? 危ない奴か?」
「んなわけねえだろ」
あのですね俺既に高校三年の終わりごろなんですけどね。大学に行けってか。まあ言われなくても行くつもりだったけど。
俺はわざわざ否定したのに、ニルはじとーっと怪しむような目を向けてくる。失礼だな……。
「ま、ニルは暇だから転移後にもいつでもお話してやるから寂しくないぞ。おーよしよし」
「ロリにあやしてもらって何が嬉しいんだよ」
「おう、仮にも元神様に失礼な口利きだな。天罰飛ばしてもいいんだぞ、花粉症治らなくするとかお前の住むところにシロアリが来るとか」
「何そのすごい地味で嫌な天罰」
ニルちゃんえげつねえ。我ら人間が嫌がることをよく分かっていらっしゃる。マジでやめてくれ……。
それからニルちゃんは咳払いをひとつして、どこからともなく地図を取り出し、隅っこを指さした。大陸上に引かれている区分けのラインを見るに、それなりに大きな国らしい。世界五番目くらいかな。
「こほん。えーっとだな、お前が行くのは? すごい端っこの国だな。めっちゃ都会で、あとダンジョンとかあって、もめごとにも事欠かないすごいいい国」
「治安最悪じゃねえか」
もめごとには事欠いてくれよ頼むから。俺が腕っぷしで勝てると思ってんの?
「おう、生身の地球人を異世界にほっぽりだすわけないだろ」
「名剣くれんのか! やさしいニルちゃん」
「おう、剣が欲しいなら剣でもいいけど」
「じゃあ剣はいらん」
「いらんのか」
剣とか生まれてこのかた触ったことねえよ。せいぜい傘を振り回して『霹靂一閃』とか言ってたくらいだよ……これ明らかに剣じゃないな。うん、忘れて。
他にはどんなものがもらえるのかな~とニルちゃんに聞いてみると、まあだいたいのものはもらえるらしい。それから、別にあげるものもだいたい無尽蔵にあるから、個数制限とかも無いらしい。え、ニルちゃんマジ神様。
「あ、でも一個条件をつけるぞ。ニルのお仕事も慈善活動じゃねーからな」
「なんだ? 魂寄越せとかか?」
「ニルは悪魔じゃねえ。えーっと、もの一個につき、なんかお手柄を上げることだ」
お手柄……。
まあ、あれか。将軍が戦に勝った褒美で土地を貰うとか、そんな感じか? シンプルで分かりやすくていい条件だ。
「おう。お前の場合は現状で期待できるスペックもないから、前借りもしていいぞ」
「おおー」
やったぜ。
「よし、なら魔剣欲しいならなんか、強い敵を倒すなりなんなりすればいい」
「剣はいらん」
「剣以外でもなんでもだ。斧もツルハシもシャベルもクワも」
こいつマイクラプレイヤーかな。
「うーん。期限とかってある?」
「おう、お前の良心に委ねるよ」
おお、前借し放題ってわけか。やったぜ!
そんな俺の内心を見透かしたように、ニルちゃんはまたジト目を向けてきた。
「……はいはいやるよ、ちゃんと俺はやるからそんな顔すんなって。じゃあ、すげー銃が欲しい」
「AK-47?」
「なんで急にリアルな型番出してくるんだよ」
魔銃とかないんですか? ……さすがにあるよね?
「まああるぞ。ニルは斧が好きだから、銃はあんまり詳しくねーけどな」
「おお!」
やったぜ。
銃は後で用意するとのことで、俺はニルちゃんに「とりあえずの路銀」としてカフェオレを貰った。……路銀?
「そんじゃ、もう転移させるぞ。ニルはこれからカフェでお昼ごはんを食べないといけねーから」
「俺の分を奢ってくれたりは?」
「おう、なんかお手柄挙げたらいいぞ」
……これにも適用されんのかよ!
どうも、くろこげめろんです。
新連載です!!
一応完結まで持っていくめどが立ってるので、ぜひお付き合いいただけると幸いです。確証はない。
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