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勇者、裸の出会い(後編)

 ミリヤかセシリアだと思って、助けを叫ぼうと見る。そこには大きなゼリーがあるだけだ。

(ゼリーだ。って、あれってスライムだろ? でも、さっきより、大きくないか?)

 心の中の自問自答に、少女は答えてくれた。

「なんで、ここにマザースライムが現れるんだ?」

「ま、まざーすらいむ?」

 自分でも驚くほど、上ずった声を出していた。

「そう。本当なら、こんな場所に居ない……ん? なんだか、奴は怒ってるぞ」

 怒っていると言われて、雅夜はマザースライムを見る。たしかに小刻みに震えているけど、それはゼリー状の身体だからだと思ったが、口には出さない。怒られそうだから。

「でも、スライムだから弱いんだろ? なら――」

 喋っている最中に、マザースライムは何かを吐き出してきた。

「貴様! 危ない!」

 少女は咄嗟に雅夜の手を引っ張る。かなり強く引っ張られたみたいで、雅夜は少女の身体にぶつかってしまった。顔には、物凄く柔らかい感触が広がっていく。

「奴の溶解液は強力だぞ! 気をつけないと――」

「や、柔らかい……このまま……死んでもいい……」

「なら、死ねぇい!」

 首筋に肘鉄を食らうと、顔面から地面に突っ込む。川原の石が痛い。

 すぐに立ち上がると、自分が居た所を見る。思わず、息を飲み込んでしまった。

「な! スライムの溶解液は、服を溶かすとか、火傷する位の威力じゃないのかよ!」

 地面が抉れていた。溶解液が掛かった場所全てが、綺麗に溶かされている。

「それは子供のスライムの話。あれはスライムの親、能力は比べようにならないほど、強い。まあ、私の敵では無い」

「なら早く倒してくれ! 俺はまだ死にたくない!」

 雅夜の声に、少女は考える仕草をする。ほんの数秒だったが、可愛い顔だった。

 答えが出たのか、元の仏頂面に戻る。そして、少女は口を開く。

「それは無理だ」

「おいおいおいおい! さっき、敵じゃないって言っただろう! 何で無理なんだよ!」

 少女の答えに、雅夜は口早に捲し立ててしまう。それほど、焦っていた。

 それを知ってか、知らないのか、ゆっくりと少女は答える。

「武器が短刀しかない。さすがに、それでは歯がたたない。それと――」

「それと?」

 少女はマザースライムを見て、ニヤリとして言う。

「あのマザースライムは、貴様だけを狙っている。私のことは眼中にないようだしな」

 確かにそのようで、雅夜だけに、溶解液を吐きかけてくる。

「俺はスライムに恨まれる筋合いは――あった」

「貴様は何をしたんだ!」

「正確には俺じゃないけど、スライムを倒したんだよ。青い奴を」

 俺の言葉に、少女は「はは〜ん」と納得した顔をする。

「それは奴の子供だな。魔物でも子供を殺されれば、怒るものだ」

 なんとなく納得はするが、腕を組んで頷いてないで、助けて欲しいものだよ。

 マザースライムは、少女が喋っている間にも、即死級の溶解液を撒き散らしている。

 それを雅夜は大きくよけていく。飛沫に触れただけでも、身体に穴が開くからだ。

「ふむ。幾ら痴漢でも、目の前で骨になるのは見捨てられん。今武器を取ってくるから、暫く待ってろ。そうしたら、一瞬で倒してやるわ」

 頼もしい言葉。少女は裸で、滝へと戻ろうとする。が――。

 行きなり、その場に倒れてしまった。

「な! 粘着液か、油断した」

 すぐに仰向けになる。足首にはネバネバした粘液が付着していた。それのせいで、倒れてしまったようだ。持っている短刀で、粘着物を剥ぎ取ろうと少女は振りかざすと――。

 粘着液が短刀を持つ手に命中する。そして、地面とくっついてしまった。

「くそ! これはまずいぞ」

 最後の望みが、目の前で動けなくなっていまった。仰向けのせいで、雅夜からは大事な場所が丸見えだ。こんな状況でなければ、最高の光景だろう。

「仕方ない、貴様の剣は意外と業物に見える。それなら、奴に傷を負わせれるはずだ。ある程度ダメージを与えれば、危険だと悟って帰るはずだ」

 ご説明、ありがとう。子供のスライムにも勝てなかった雅夜が、親スライムに勝てるはずは無かった。それは、本人が十分に分かっていた。でも――。

「俺は……勇者だ」

 そう呟く。少女に聞こえたらしく、変な顔を、雅夜に向ける。

 こういう物語だと、危険になったとき、眠っている力が目覚める。雅夜はそれに賭けることにした。かなり分の悪い賭けだが、嫌いじゃない。

 ゲームの中で幾度もなく、強敵を倒してきた。だから。

「ぎゅるるるる」

 マザースライムは大きな巨体を浮かせると、雅夜に向かって突っ込んできた。それは子スライムの三倍の速さだった。

「は、速い。まるで、彗星……赤い彗星だ……」

 その頭部に角さえ見えるようだった。

 冗談は置いといて、雅夜はその巨体を剣で受け止める。

 真っ二つになってくれるかと期待したが、まるで大きな岩を受け止めたみたいな衝撃が両腕に伝わってくる。柄を握る手は、すでに痺れて感覚がなくなっていた。

 なんとか我慢して、押し戻す。マザースライムはベチャっと音を立てて、地面に着地する。親になると、身体の硬さを調整できるみたいだな。

 次はこっちから攻める。渾身の力で、叩き斬ればなんとかなる。

 そう思って剣を見ると……あれ、あれれ、あれれれ。

(剣の刃が無い! 無くなってるよ!)

 マザースライムの体当たりに耐えれなかったみたいで、すぐに押し戻した時、折れたようだ。最後に裸の少女を見れて、幸せだ。

 現実逃避をするために、少女を見ようとしたとき、声が聞こえた。

「雅夜! どこよ? 本当に手のかかる勇者なの」

 全く心配してない声は、ミリヤだった。急に希望の光が見えてきた。

「ミリヤさん! こっちです! 俺はこっちで大ピンチです!」

 こんなに大きな声が出せるのかと思うぐらい、大きな声で叫ぶ。

 ミリヤは気づいて、森から出てくると身体を硬直させた。

 たぶん……マザースライムを見てたからだろう……決して、雅夜が少女を襲い掛かっているように見えたからではない。そう思いたい。

 まあ、裸の少女が倒れていて、そこに裸の男が側に居たら、現行犯だろう。

「雅夜……裸で……何をしてるの? その子は、なんなの?」

 出来るだけ笑顔で優しい声だが、目が、目が笑ってない。狂気の目をしている。

「これは、なんていうか、後で説明しますから、今はアレを!」

 目の前に蠢いているマザースライムを指して、ミリヤに言う。

 ゆっくりと、ミリヤの目線が移動して、マザースライムを捉える。

「ち、ちょっと、何でこんなところにマザーが居るのよ!」

 その台詞はすでに聞いてますので、何とかしてくださいと、心の中で言う。

「ミリヤさん! 魔法でやっつけてくださいよ!」

「私、攻撃魔法は使えないの。とりあえず、これを持ってきたから、使うの」

 そう言えば、ミリヤは神官見習いなのに、手には一振りの剣を持っていた。その剣をミリヤは、雅夜に投げて渡してきた。

 受け取ると、一番初めに驚くことがあった。それは軽さだった。鉄の剣に比べて、その重さは十分の一ほどしかない。まるで綿毛のように軽い。

「それは私が魔法で鍛えた物なの。一種の付加魔法だから、切れ味は凄いものなの」

 付加魔法――これは魔法剣みたいなものか、そう言えばゲームでもそんな魔法があった。たしかソロの時には便利だったような気がしたな。

 雅夜は受け取った剣の鞘を抜き取ると、自ら光を放つような刃が露になる。その鋭さは、鉄でさえも真っ二つに出来そうだった。剣の達人なら、出来るんだろうけど。

 この魔法の剣を構えて、雅夜は再度マザースライムに立ち向かう。

 その間にミリヤは、ぶつぶつと何かを詠唱している。

 マザースライムはまた浮かぶと、雅夜に向かって飛ぶ。それを予想してたかのように、雅夜は剣先を薙ぐと、確かな手ごたえがあった。

 今度こそ、マザースライムは真っ二つになっていた。二つになったマザースライムは、力なく地面に潰れるように落ちた。

「や、やった! 俺でも、魔物を倒せたよ!」

 倒したことに、喜ぶ雅夜。だが。

「馬鹿か! 奴はまだ死んでおらん! 最後まで気を緩めるな!」

 雅夜を叱咤する少女の声。マザースライムを見ると、二つがくっついて一つになる。

 これはまさに反則だった。なんだ、このチートスライムは。

 すぐさま、剣を叩き込もうと振り上げるが、すでに遅かった。

 マザースライムは溶解液を、すでに吐き出していたのだ。

 目の前に迫る溶解液。雅夜は思わず目を瞑る。耳元で何かが焼けるような音が耳に入る。

 死んだと思った。本当に思った。でも、身体の何処も痛くない。

 恐る恐る目を開けると、雅夜を包むように光の盾が現れていた。

「もしかして……助かったのか。って、やっと勇者の力が……」

「違うの! 私が防御魔法を使ったの。私に感謝なの!」

(そういえば、魔法の詠唱をしてたっけ。本当に助かったよ)

「勇者さま……ここに居たのですか。それも裸で」

 雅夜の耳に第三の女性の声が聞こえる。これはセシリアだ……なんだが、声が低い。

「剣の修行が終わったかと、見に戻ってみたら……裸の女性と一緒」

 ここからだと、セシリアの前髪が邪魔で表情が見えない。想像はつくが。

「ぎゅるるるる」

 空気を読まずに、マザースライムは甲高い鳴き声を轟かせる。

 セシリアが何かをした。手を動かしたとしか、雅夜には見えなかった。

 マザースライムの鳴き声は、唐突に止まる。本当に唐突に。

「勇者さまは、一体何をしてたのでしょうか?」

 バラバラにされたマザースライム。あれだけ強敵だったのに、一瞬で葬った。

 セシリアにしたら、目の前にいたら排除しただけなのだが、排除されたほうは堪らないだろう。その殺意のオーラを発しているセシリアは、ゆっくりと確実に雅夜に近づいていた。

「セシリアさん、聞いてくれ。これは、その、事故なんだよ。そう事故だよ!」

 苦しい言い訳をする雅夜に、セシリアは微塵の慈悲を向けてくれなかった。

「セ、セシリア! 彼女は、セシリア・ガブリエルなのか? 私だ、橘瑞穂だ!」

 この状況の原因の少女――瑞穂は、セシリアの名前を呼んだ。

「み、瑞穂? なんて貴女がここにいるの? 先生はどうしたの?」

「お父さんは元気だ。私がここにいるのは、魔法学校に入学する為だが」

 なんか二人は知り合いだったようで、セシリアの殺意のオーラは無くなっていた。前髪で見えなかった表情にも、いつもの笑顔があった。

 ここでやっと、助かったと、心から思ったのだった。

「雅夜……セシリアは純情なの、だから、怒らせると怖いの」

 いつの間にか、ミリヤが隣にいて、耳元で教えてくれた。

(純情なのか……てか、次は確実に殺されるな……)


 雅夜と瑞穂は服を来て、セシリアたちの案内で宿屋に戻ってきた。

 セシリアの両手に抱えるだけ、マザースライムの欠片を持って来ている。

 その顔には、今日一日で一番の笑顔で輝いていた。雅夜は不思議そうに見るだけ。

 答えはすぐに分かったが、今はとりあえずお腹が減ったので食事が先。

 宿屋に入ると、すぐに一階の食堂に向かい席を占領する。そして、良く分からないメニューをセシリアに聞きながら、注文していくのだった。


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