勇者、目覚める
「勇者さま、お目覚め下さい。もう、朝ですよ」
聞いたことのない声が聞こえる。女性の声だろうか、安らぎを思わず感じる声色だった。
だけど、母親にしては固い口調。他人行儀な言い方だ。
起こされるなら母親より、隣に住む幼馴染みのあの――。
「へ? 勇者?」
全裸で寝台に寝かされている男――名前を高崎雅夜と言う。彼が目覚めるとま目の前には知らない女性が隣に寝ていた。それもなぜか、裸であった。
混乱する頭を何とかしようと、女性の顔を見る。
透き通るほどの白い肌に、潤んだ漆黒の瞳。絹のように柔らかそうな金色に輝く髪。まるで美術館にある女神を描いた絵画のような美しさがあった。
「あ、貴女は誰でしょうか? と言うか、ここは何処?」
「もしかして勇者さまは、記憶がないのですか? ……私はセシリア。この王国の騎士で、今は魔王を退治に遠征に出ている途中です」
「はぁ? ま、魔王!? ち、ちょっと待ってくれよ! ここは日本じゃないのか?」
雅夜の言葉に、セシリアはきょとんとした顔を向ける。
(な、なんなんだよ。魔王? まるでゲームの中じゃないかよ! そうだ! 夢だ! きっと夢に違いない! 昨日徹夜でゲームしてたから、夢を見ているに違いない!)
頭の中で、無理やり言い聞かせると、雅夜は自分の頬をつねる。
「うっ! い、痛い……と言うことは、夢じゃないのか……」
「勇者さま、大丈夫ですか? いきなり頬をつねるなんて、赤くなってますよ」
細く綺麗な指が、雅夜の頬に触れる。とても冷たく、気持ちが良かった。
頭の中がスーッと、冷静になるのを感じる。やっと物事を、冷静に――。
「ぬわぁ! あ、あの、セシリアさんでしたっけ? 服を来て貰えませんか?」
雅夜も健全な男子である。目の前に裸の女性がいれば、自然に反応してしまう。
男なら、仕方ない整理現象だった。雅夜は前を必死に隠し、セシリアに懇願する。
「お願いですから、服を来てください。このままだと、俺は――」
「そう言うなら、服を着ましょう。勇者さまの体温が低下してたので、温めていたのですが」
すっと立ち上がるセシリア。身体にまとわりついていた毛布が、すり落ちる。小ぶりだが、形の良いバストが露になる。それ以外にも、いろいろはっきりと見えてしまっていた。
さらに膨張するのを抑えながら、なんとか見ないようにしようと目を逸らす。まあ、脳裏にははっきりと焼きついているのだが。
側にあった椅子に掛けてある布を手にとると、セシリアは手際よく身体に身につけていく。下着だろうか、簡素な布地を巻いているだけにしか見えなかった。
暫く待つと、きりっとした服を身に纏ったセシリアが、雅夜の前に現れる。
青を基調とした服が、セシリアの金髪をさらに際だててくれているようだ。
「これで、宜しいでしょうか? 勇者さまの服も、すでに乾いているようです」
「乾く? そう言えば、温めてくれたとか言ってたけど、俺は何処に居たんだ?」
「この宿屋の向かいの川に落ちてました」
落ちてましたって……雅夜には、全くそんな記憶は無かった。
「それで君が助けてくれたんだ。でも、俺は勇者じゃないよ」
「いえ、勇者さまですよ。これを持っていたんですから」
頑なに言い切ると、セシリアはある物を見せてくれた。それは――。
携帯電話だった。雅夜が愛用している最新式の携帯電話。
「携帯電話が、勇者の証? まさか、そんなの誰だって――」
「ここに書いてあるではないですか、ほら」
セシリアが携帯の画面を触ると、液晶画面に画像が出てくる。
そこには、『伝説の勇者・雅夜』と表示されていた。あれはメール画面だ。
「古代文字で『伝説の勇者』と書かれています。それにこの名前は勇者さまのことでしょ?」
古代文字――たんなる日本語だが、携帯電話に表示されているのは、ネットワークゲームの登録メールだ。『あなたも伝説の勇者になれる!』とかを、キャッチコピーにした多人数参加型ロールプレイングゲーム。それに登録した時の返事のメールだ。
それを、この女性が勘違いしたんだろう。いい迷惑だよ。
「一つだけ聞いて良いか?」
「私で分かれば、どうぞ」
「これって、ドッキリだよね? まさかゲームの世界に迷い込んだとか、無いよね?」
「良く分かりませんが、勇者さまは私たちとは違う世界から、来たんでしょうか?」
真っ直ぐな瞳で、雅夜を見つめてくる。思わずドキッとしてしまった。
違う世界と言われると、何となく頷ける気がしそうだ。目の前の女性は、雅夜の世界ではいないような絶世の美女だった。まるで、ゲームの世界に出てくるヒロインを、彷彿させてくれる。
もしかすると、本当にゲームの世界に入ってしまった。そんな気さえしてくる。
「そうなるね。来たって事は、帰れるんだろうし、暫くは楽しもうかな」
この時、雅夜はまだ混乱してたんだろう。色々、棚上げして、目の前の美女と仲良くなりたいなとか考えていた。この後、大変な事件に巻き込まれるとも、気づかずに。