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鉛筆占い

作者: 通りすがり

宵闇が教室を包み込む頃、慎太の鉛筆占いは始まった。

それは最初はただの遊びだったはずだ。

六つの面に「大吉」「吉」「中吉」「小吉」「凶」「大凶」と書かれた鉛筆をサイコロのように転がす。慎太は涼しい顔で言う。

「これ、よく当たるんだぜ。この前、大吉が出たやつは、親が宝くじに当たったってさ」

俺は冗談半分に尋ねた。

「じゃあ、大凶が出たらどうなるんだ」

慎太は表情一つ変えず、ごく当たり前のように呟いた。

「大凶が出たら、死ぬよ」

その言葉に、背筋が凍りついた。まさか、そんな馬鹿なことがあるはずがない。

「今まで大凶が出たやつなんて、いるのか」

慎太は頷いた。

「ああ、いるよ」

「誰だ」と聞くと、慎太は澱みなく一つの名を挙げた。

「光一だよ」

光一――それは半年前、交通事故で死んだクラスメイトの名前だった。

俺は慎太の不謹慎な冗談に怒りを覚えた。

「嘘を言うな」

しかし、慎太は真っ直ぐに俺の目を見つめ、静かに繰り返した。

「嘘じゃない」

暗くなった教室の窓から差し込む街灯の明かりが、鉛筆の六面を不気味に照らし出していた。



その日から、俺は慎太の鉛筆を見るたびに、拭い去れない不安に苛まれるようになった。そして、次に慎太が鉛筆を転がす日が来るのが、恐ろしかった。

いつからか、慎太の鉛筆占いはクラスで公然の秘密となった。

誰もがその恐ろしさから口にすることを避けていたが、一方で、皆がその『大凶』の死の呪いを意識しないわけにはいかなかった。その鉛筆の呪いが次に誰を指し示すのか、静かな恐怖がクラス全体を覆っていた。

ある日の放課後、部活の練習で遅くなった俺は、急いで家に帰ろうと荷物を取りに教室へと戻った。明かりの消えた教室のドアを開けると、微かな月明かりの中に、慎太と数人のクラスメイトの姿があった。彼らは円陣を組むように床に座り、その中央で、慎太が例の鉛筆を転がしていた。

カラン、カラン……。鉛筆が床を転がる乾いた音が、やけに大きく響いた。そして、ゆっくりと、その動きが止まる。俺は息を殺して、鉛筆の面を凝視した。

そこに現れたのは、「大凶」の二文字。

その瞬間、教室の空気が凍りついた。誰もが動かない。声も出ない。ただ、全員の視線が、鉛筆が指し示した人物に集中していた。

それは、俺の親友である翔だった。

翔は顔から血の気を失くし、唇を震わせた。

「まさか……嘘だろ……」

慎太は表情を変えずに鉛筆を拾い上げ、静かに翔に言った。

「大凶は、死ぬよ」



その日から、あきらかに翔の様子がおかしくなった。

学校では常に何かに怯えたような目をしていた。

小さな物音にもビクッと反応し蒼ざめた顔を歪ませていた。

俺はそんな翔に何度も大丈夫かと声をかけたが、翔は何も答えようとしなかった。

そして翔は日に日にやつれ、まるで死神に取り憑かれたかのようだった。



それから一週間後の朝だった。

登校中、不意に救急車とパトカーのサイレンの音が遠くから聞こえてきた。俺は嫌な胸騒ぎを覚え、その音のする方へと走り出した。

サイレンは、翔の家へと向かっていた。

俺が翔の家に辿り着いた時には、すでに規制線が張られ、救急車とパトカーが何台も止まっていた。野次馬の人垣の隙間から、ぼんやりと見えたのは、ストレッチャーに乗せられ、白い布を被せられた、小さな人影だった。



その日以来、誰も慎太に話しかけることはなかった。最早、鉛筆の占いだけでなく、慎太の存在が恐怖の対象となっていた。そんな状態が続いてしばらくすると、慎太は学校に来なくなっていた。それを境に不安と恐怖が支配していたクラスを包む雰囲気が和らぎ、次第に元の平和なクラスへと戻って行った。

数日後、俺は学校から家へと向かって歩いていると、公園のベンチに慎太が座っているのを見つけた。そのまま通り過ぎようかとも思ったが、俺はどうしても訊きたいことがあったので、慎太に話しかけた。俺を見た慎太は、少し驚いた感じだったが、黙って立ち上がると、そのまま公園を出て行こうとした。

「ちょっと待てよ、慎太」

慎太は立ち止まり振り向くと、俺に向かって言った。

「俺、明日引っ越すんだよ」

俺は驚きはしなかった。もうこの街で慎太が普通に生活することはできないことは誰の目にも明らかだった。

「なら、最後に一つだけ教えてくれ。あの占いに使っていた鉛筆、あれをお前はどうやって手に入れたんだ」

あの禍々しい呪いの鉛筆、俺は何故に慎太があんなものを持っていたのか、ずっと気になっていた。

慎太は表情を変えることなく言った。

「あれは昔、商店街の福引の景品で貰った1ダースの鉛筆のうちの一本だよ。それを俺が削ってあれを作ったんだ」

俺はそれを訊いて呆気にとられた。

「だって、あの鉛筆占い、あんなに当たっていたじゃないか。それがただの鉛筆だなんて......」

慎太はその時、初めて薄く笑みを見せた。

「俺だって、訊きたいよ。なんであんな占いが当たるのか。俺はただ...、ただ皆の気を惹きたかっただけなんだよ」

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